36 自由詩


 海に沿って電車は走った

 ひとびとは電車に揺られて、みな一様に窓を見ていた

 そとには朝の光があふれかえって

 巨大な雲塊が海におおいかぶさっていた

 雲の質量に圧されて海は、波をしずかにこちらへ寄せた

 どこか遠くで警報が鳴るのを、ひとびとは夢のように聞いた


 脅威は過ぎ去り、傷はかさぶたが塞いだ

 平穏を、くすぶった灰の積もる浜辺を、ひとびとは電車のなかから見た

 じくじくとした痛みをかさぶたの下に綴じて、

 波のように繰り返しやってくる電車の揺れに身をまかせて

 束の間、ひとびとは幸福のなかにいた

 痛いほど眩ゆい空の青を、ひとびとはあおぎ見た

 幸福感のなかにひとびとは自足していた

 傷から目を逸らして、互いのうそを追及することなく

 雲、烟、やわらかな風

 波のきらめき

 女の目から涙がこぼれた

 となりの女がその涙をぬぐうと、

 どちらからともなく頬を寄せ抱擁した

 くずおれまいと、支え合うように





これは、どんな背景をもつシーンだと想像されましたか?

空襲の大殺戮のあった次の日。

地震と火事とで多くの人が家を失ったあと。

人類の大半が死に絶えたパンデミックが終息し、日常をとり戻しつつある町。


じつはこのシーンは、1月の大寒波(日本中で交通が大混乱したとき)の翌日の光景から生れました。


ようやく動き出した電車のなかに、まだ乗客はまばら。いつもは満員で視界が遮られるためゆっくり見ることのない窓の外には、巨大な雲のかたまり(雲ではなく雲)。それは空と海とに君臨し、ちっぽけな電車を威圧するようでもあり、おおきく動じない姿がひとびとを安心させるようでもあり。

空は残酷なほどいつもどおりの青さで、人の心の疼きにあまりに無頓着です。

電車のなかに漂うのは、災厄に際会した高揚感の余韻と、なにごともない日常生活にまた戻っていく安堵と倦怠感、故のない喪失感。


ここに書いているのは、もちろん大半が勝手な幻想を膨らませたフィクションです。

現実に触発されて非現実を幻視する本能は、詩を生み出す源泉の一つであるとともに、物語をつくる力にもなるのだと思います。


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