第3話 古都咲樺蓮との始まり

 バレーボールについて僕に教えてくれているときの古都咲は、とても楽しそうだった。きっと先輩とやってた部活は楽しかったんだろうな、とか、バレーボールが大好きで、しかしなかなか上達せずに悩んでいた古都咲はきっと苦しかったんだろうな、とか、部外者のくせに色々と考えてしまった。

 そんなことはさておき、古都咲の指導が終わった。

「ようやく軽くパスを続けられるくらいにはなったわね。飲み込みが早くて助かるわ」

 古都咲は大会後のため疲れているようだったが、僕が上達していくにつれて、その疲れが無くなったみたいに物凄く嬉しそうに笑っていて。それを見ていて僕も嬉しくなるから、早く上達しようと思えたのだ。

「まあ、僕は天才だからな」

「違うわね。私の教え方が天才なのよ」


「「………………ぷっ」」


 沈黙の後、二人で噴き出して笑ってしまった。夜の公園に、二人の笑い声が響いていた。


「じゃあ、パスでもしながら話そっか」

 いつの間にか、口調は元に戻っていた。


 ぽんっ————ぽんっ————ぽんっ————ぽんっ————

 ボールの跳ねる音が、メトロノームみたいに一定間隔で聞こえてくる。先ほどの特訓で何回もボールを下に落としてしまっていたので、ボールを上げるとき、ボールについた砂がときどき目に入った。

「ねえ、私、明日からどうすればいいかな」

 古都咲のネガティブな気分はまだ晴れていないようだった。

「今まで通り、やってけばいいんだよ」

「でも、先輩たちがいないのに、やっていけるのかな」

「だからこそ古都咲がいないとダメじゃんか。先輩たちとコートに入ってたのはお前だけなんだろ?」

「うん」

「古都咲以外に誰が先輩のカッコよさを引き継いでいけるんだよ」

「でも、私よりも上手い子もいて…」

「それでも、古都咲が選ばれて入ってたんだ。自分に自信持て」

「私がコートに入れてたのは、最初に入っちゃってそのままってだけで」

「違う。古都咲は自分を過小評価し過ぎだ。人間ってのは自分を評価するのが苦手なんだよ。僕から言わせてもらえれば、古都咲はめちゃくちゃ上手いぞ。今だって、話しながら僕が変な方向へ飛ばしたボールを、綺麗に僕の元まで返しているじゃないか」

「そんなの、誰だってできるし」

「少なくとも僕にはできない。古都咲は努力をしてそうなったんだろう?」

「……」

 そういいながら僕が返したボールを、古都咲は両手で掴んだ。

「ありがとう。君のおかげで、なんか、頑張ろうって思えたよ」

「なら良かった」

 古都咲は公園にあった時計を見た。

「わ、もうこんな時間」

 七時半を回っていた。

「親が心配してるかもだな」

「まあ、これくらいの時間ならギリ怒られないかな」

「そっか。危ないし、駅まで送るよ。家、ここから近い?」

「ここの最寄り駅から三駅言ったとこ」

「じゃあ結構近いな。すぐ帰れそうで良かった」

 これで一時間以上かかる、とかだったら九時を回ってしまう。そうなれば確実に古都咲の親は心配するだろうし、古都咲は確実に怒られてしまう。だが、そういったことは避けられたようだった。

 僕は荷物を持って、忘れ物がないか確認した。

「よし、行こっか」

 そう言って歩き出すと、古都咲も慌てて荷物を持って追いついてきた。

「ちょっと、早いよー」

「古都咲が遅いだけだろ」

「女の子に合わせられない男はモテないぞ?」

「余計なお世話だ」

「あ、でもオラオラ系とか狙ってる感じ?」

「あーーーーーあーーーーーうるさいうるさい」

「うわ逃げたーーー私の勝ちだな」

「どんな勝負だよ」

「女心勝負?」

「なんで疑問形なんだよ」

「メンドクサイ男はモテないぞっ」

 古都咲はそう言って、人差し指で僕のおでこをツンっとしてきた。

 めっっっちゃムカついたが、楽しそうだったので特に何も言わなかった。



「着いたな」

「着いたね」

 話しているうちに、駅に着いた。楽しかったからか、とても早く着いた気がした。

「今日はありがとね」

「こちらこそ、バレーを教えてくれてありがとう」

「ううん、教えるの楽しかったし。君が上手くなっていくのを見てるのはすごい楽しかった。それに、自分も基本ができているのか、見直せたしね」

「そっか。ならよかった」


「ねえ」

 古都咲は、妙に緊張した面持ちで言った。

「明日もさ、今日みたいにあの公園…合木先公園でさ、バレーやんない?私がまた教えてあげるから」

「明日の、何時くらいだ?」

「部活終わって着替えて…うーん、七時くらいかな」

 明日のその時間なら、僕は暇だった。まあ、僕に夜七時に予定が入ることなんて、なかなか無いけれど。

「いいよ。ボールも買っちゃったし、またやろう。一万円分くらいは遊びつくそうぜ」

 僕がそういうと、古都咲はなんだか安心した様子で、ほっとため息をついた。

「良かった。じゃあ、明日の七時、あの公園で集合ね」

「おう」

「じゃあ、また明日」

「また明日」

 古都咲は僕に軽く手を振った後、鞄から定期券を出した。そして振り返ってもう一度僕に手を振り、定期券を改札にタッチした。ピ、という無機質な音がこちらにも聞こえた。改札が開き、古都咲は駅の中に入っていった。そしてもう一度振り返って、名残惜しそうに手を振った後、古都咲は階段を下りて行った。


 カッコつかないから古都咲には言わなかったけれど、さっきのアンダーの練習の時から、死ぬほど腕が痛かった。






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結局、私は 零下冷 @reikarei

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