第20話 志原君の事情

 さてと、お次は志原君の家。


 こちらも一戸建てではなく、マンションの7階。

 さっき、岸沼君の時は5階まで階段上り降りして、それだけでドッと疲れた上、感情面でも、色々疲れてしまった!

 

 志原君の所はエレベーター付きで良かった!

 その前に、まずは、入口の所で、部屋番号押して話さなきゃならないという手順に緊張してしまう。


 あっ、でも、もしかすると、これで、郵便受けにプリント入れて、おしまいになるかも知れない。

 志原君が寝ていて、家族が留守だったら、そうなるから、付箋にメッセージ書いてから、郵便受けに入れとかなきゃ。

 

 岸沼君は、志原君が喘息だからって心配していたけど、欠席の原因って、その喘息だったのかな?

 お母さんが出たら、その事を聞いた方がいいのかな?


 頭の中でそんな事を考えながら、部屋番号を押すと、少しタイミングがズレてから相手の声がした。


「はい」


 あれっ、女の人の声じゃないけど……

 志原君の声でも無いような?

 もしかして、私、部屋番号押し間違えたのかな……?


「あっ、志原君のクラスメートの綿中です! 担任に頼まれて、明日が提出期限の進路希望調査のプリントを持って来ました!」


 ちゃんと聴き取れるように、思わず意識して大きな声で言ってしまった!


 部屋番号間違えていたら、こんな事、話してもチンプンカンプンだと思うけど、多分、間違って押してないと信じて、要件を取り敢えず伝えた。


「綿中さん? 上がって来て」


 心配していたわりに、今度はすぐに指示された。

 部屋番号は間違ってないようだし、すんなりと迎えてくれるような感じの声なんだけど、志原君のお母さんなのかな?

 それとも、志原君?


 こういう媒体を通すと、声がいつもと違って聴こえるものなのか、よく分からないな……


 708号室、ドアの所まで着いたから、ノックするべきかと戸惑っていると、向こうからドアを開けてくれた。


「綿中さん、廊下で立ち話すると、響いてしまって近所迷惑だから。取り敢えず、中に入って」


 志原君だったんだ……


 パジャマとかじゃなくて、インナーの上に前開きのシャツとパンツで、病人そうに見えなくて、そのまま出かけられそうな感じなんだけど……


 病院から戻ったばかりとか……?

 まさか、志原君まで、ズル休み?

 ううん、岸沼君は、別にズル休みではなくて、家庭の事情で仕方なくだけど……

 志原君の方は、何かやっぱりワケが有るのかな……?


 志原君の家の中は、想像と違って殺風景。

 必要最低限の物しか置かれてない感じ。


「志原君、お母さんとかは……?」


 志原君の所は、一人親の家庭なんて事では無かったと思うけど……

 志原君が病気でも、休めないような関係のお仕事なのかな?


「働きに行ってる。早番だったから、僕が休んでいる事も知らないと思う」


 お母さんは、志原君が学校に行っていると思っているの?


「急に具合悪くなったの? 喘息とか……?」


 あっ、つい岸沼君から聞いた事を言っちゃったけど……

 一瞬、志原君がハッとなった顔をした。

 やっぱり、こんな事を聞いちゃダメだった~!


「岸沼君から聞いたの? 僕、他の人には話した事ないけど……」


 2人だけの秘密にしていたのかな?

 明らかに、マズイ発言をしてしまっていたんだ……

 

「うん、今日、岸沼君も弟さんが熱出したから、学校休んでいたの。それで、志原君より先にプリント届けに行った時に、岸沼君から、その事を聞いていたの。岸沼君も志原君の事、すごく心配していたよ」


「そうか、岸沼君も休んでいたんだ」


 岸沼君と違って、志原君は何となく嬉しそうな感じかも......

 そうだよね、偶然、2人の休みが重なったという事を知ったんだから!

 別に岸沼君自身は病欠ってわけじゃないから心配しなくていいし、志原君の立場だと、そのシンクロが嬉しいのかも。

 それに、岸沼君も志原君の事を心配している事を伝えたというのも有るのかも。


「志原君は、もう体調って、大丈夫なの?」


「話していて、綿中さん、感じなかった? 体調も何も……僕、ズル休みだよ」


 えっ、やっぱり、ズル休みだったの?

 岸沼君も志原君も、自分達は体調が全然悪くないのに、2人して休むなんて……


 岸沼君は仕方ない、弟が心配だよね。

 でも、志原君のズル休みって……


「えっ、でも、無断欠席したら、学校から、お母さんに連絡入るから、お母さんが仕事から戻って来たりして、バレてしまうんじゃない?」


 あっ、でも、お母さんはいないまま……

 もしかして、ここも、訳アリな家庭なの?

 

「その点なら大丈夫! 今朝、お母さん風の声を出して、学校に電話済みだから。もしかすると、夕方、また学校から電話来るから、その時までに、お母さんが戻って来てなかったら、また作り声を出せば良いだけだから、セーフ」


 え~っ!

 天使のような志原君が、まさか、こんな知能犯だったなんて思わなかった!

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