第9話 助け舟

「また、お前か? こんな所で、何やってるんだよ?」


 わっ、岸沼君!

 思わず、教室の中に入るのを止めさせて、人差し指を立てて「シーッ」してしまった!

 岸沼君は、一応、入るのを躊躇って、私の横で待っていてくれている。

 

 それくらい、当然だよね?

 大体、岸沼君が学ランを私にかけてきたせいで、こんな事になってるんだから!


「季里ってさ、マジで自分がクラスの人気者と思って、イイ気になってるよね!」


「なんかムカつく~! いっそ、あの学ラン姿、クラスLINEでばら撒こうか!」


 私だって、別にやりたくてやっているわけじゃないのに……

 選ばれたから仕方なしでやっている『微笑み係』の事で、クラスメイトの女子達が、そんな風に私の事を思っていたなんて……


 しかも、よりによって、あの学ラン姿をクラスLINEにアップしようとしている!


「お前ら、何考えてんだ? 綿中だって、好きで、そのよく分からないお人好しな係をやってるわけじゃねえよ!」


 岸沼君……?


 まさか岸沼君が、こんな風に私を庇ってくれるなんて思わなかった!


 それに……

 ずっと、お前呼びしていたのに、ちゃんと、私の名前も覚えてくれていたんだ!


 岸沼君の怒鳴り声で、女子達は、オロオロしている。


 こんな何事にも無頓着そうに見えている岸沼君が、私の事で怒鳴り出すなんて、他の女子達だって思わなかったよね……?


「だって……」


 何か言い訳したそうな反川さん。


「どうしたの、岸沼君?」


 その時、クラス1のアイドル的存在である志原君が、私達の近くにやって来た。


 一瞬、岸沼君の顔が緩んだのを私は見逃さなかった。

 岸沼君、本当に志原君が好きなんだね。


 あれっ……

 どうしてなんだろう……?

 胸がチクッて痛くなるような感覚……


「志原、聞いてくれよ! このクラスの女子どもが、サイテー過ぎて、マジでイラついた!」


 志原君に対しては、随分と口調も表情も柔らかくなっている岸沼君。

 初めて、志原君と話す岸沼君を見たけど、やっぱり、私やクラスメイト達への対応と違ってる……

 2人の気持ち分かってる私には、一目瞭然なんだよね。


 改めて、志原君の持ってる魅力には勝てない事を思い知らされた感じ……

 何だかまるで、心に隙間風が吹いたような感覚にさせられてしまう。


「そうなんだ? 岸沼君をイラつかせたのは、誰?」


 志原君が、いつもの天使のような笑顔で尋ねても、嫌われるのを恐れて、誰も名乗り出ようとしない。

 そりゃあそうだよね、クラス1、ううん、多分、学年1のアイドルの志原君を敵に回したくないもん。


「取り敢えず、後から、綿中さんも含めて、ミーティングしようか?」


 ニコっと笑ってそう言うと、志原君が、何事も無かったかのように席に着いて、取り敢えず一件落着って感じで収まった。


 でも、志原君、気付いてよ!


 その最後のたった一言だけが命取りだったの!

 またクラスの女子達の嫉妬が、私に集中したんだから!

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