お疲れ様

 結局、クリシュがリタイヤのため、料理長が引率で保護者組は引き返し、温泉までたどり着いた。


 料理長は温泉にはよらず、「大猟大猟!」と獲物を担いで屋敷に戻って行った。後でクリシュの着替えを届けるよう執事に伝えるためでもあった。



  ゴシゴシゴシゴシ


 父クリフトは、息子クリシュの返り血で固まった髪の毛を、ていねいに、それはそれはていねいに洗い流していた。


「温泉につかる前に、血は全て落としておかないとな」


 久しぶりに見る、たくましい父の体。自分の腕やお腹と見比べてため息をつくクリシュ。


「僕はひ弱だ」

「そんなことはないぞ」


 弱音を吐いたクリシュを否定するクリフトの声が優しい。


「でも。……お姉様はあんなに華奢なのに強いですし、お父様はたくましい。……それに比べて僕は何もないじゃないですか」

「そんなことはない。お前は優しい。そして賢いじゃないか。強さなんてものは腕っぷしが強いことを言う事だけじゃないんだ。優しさも賢さも、そしてお前の悩みも。全てが強さになっていくものなんだよ」


「それでも……」


 納得がいかないクリシュ。お湯を頭から掛けながらクリフトは続けて言った。


「男はな、本気で強くなりたいと願った時から変わることが出来るんだ。クリシュ。お前はなぜ強くなりたいんだ?」

「お姉様が強いから?」


「フフフ。それじゃあ駄目だな。強さを求めるなら、己の心に問え。答えは心の中にしかないぞ。まあ、体を鍛えるだけなら付き合ってもいいぞ。剣技も狩りも一通りのことは教えられるぞ」

「はい!」


 父と息子。裸での男同士の心の交流が温泉で結ばれた。

 2人はゆっくりと温泉につかり、レイシアのこと領のこと、男とはなど、いろいろな話をした。


 翌日からクリシュの『男たるもの修行』が父のクリフトを中心に行われた。もちろん、レイシアほどの異常性はない普通の修行で、クリシュは貴族としてはとてもできる程度の鍛えられ方で収まった。それでも貴族としてはできる方に育ったのですが、それは後のお話。



 冒険者ギルドでは、ちょっとしたいざこざが起きていた。


「ギルド長。ここにいるレイシアとサチ。俺が査定したが、Dランクスタートだ」


 周りの冒険者がざわついた。


「待てよラッシュ! その小娘が2ランクアップスタートだと! いくら握らされたんだ!」


 わいのわいの叫ぶ低ランクの冒険者達。そりゃそうだ。Dランクと言えば冒険者としては一人前。いい歳したものでもまだEランクから上がれない者も多いというのに。


「しかしな。こいつら2人に、俺は勝つ自信がない。はっきりいえばBランクでもいいくらいだが規定でDまでしか上げられないんだ」


 その言葉にカチンときた冒険者たち。うら若きメイド服の女性と料理見習の小娘。しかも狩りに行ったはずなのに、怪我も返り血の一つもないまっさらの状態。どこが評価できる? いくら尊敬するCランクのラッシュの言葉でも受け入れられなかった。


「ふざけんな! Bランクだあ!」

「ラッシュ、貴様! 金でプライド売ったか!」

「ありえねえ! そんな小娘が!」

「見損なったよ! ラッシュさん」


 蜂の巣をつついたような喧騒。

 収まりがつかなくなった。


「ラッシュ君。どうするんだい」


 ギルド長が情けない声を出した。事務方でギルド長になったのだから仕方ない。荒事には慣れていないのが事務局の体制。


「嬢ちゃんたちすまん。模擬戦してもらえるか?」


 ラッシュはサチに向かって言った。


「え~、めんどくさいな」


 サチが言うと、暴言の嵐がおきた。

 ラッシュが「そこを何とか」と頼むと、レイシアが


「分かりました。みんな弱そうなので大丈夫です。でも、怪我させてはだめですよね」

 と言い放った。


 無邪気な発言怖い!

 15人ほどいる冒険者は、全員殺る気になった。

 ラッシュは頭を抱えながらどう収めようか迷った。

 レイシアはにこにこしている。

 サチは「しかたないなあ」と近くにあったトレイを手にした。


「待て待て、せめて外でやって」


 ギルド長の悲痛な叫びで、場所を移すことになった。



「じゃあ、ランクアップ試験ってことでいいな。全員刃物禁止。深追いしないこと。降参したら追い打ち無しだ。みんな怪我させない様に。それでいいか」


 投げやりにルールを決めていくラッシュ。とにかく安全第一を狙っている。

 男たちも、何もボコボコにする気はない。理不尽なランクアップを阻止すればいいだけ。終わったらラッシュに落とし前という意味で酒の一杯ずつでもおごってもらえば手打ち。そう思っていた。


「じゃあサチの武器はトレイでいい? 私はお玉でいっか」

「鍋のふたの方がつかいやすいかな?」

「じゃあ、ふたにしよう!」


 木刀を手にした冒険者たちに対し、お玉を構えるレイシア。鍋のふたで防御するサチ。冒険者のテンションが下がる。


「はじめ!」


「「瞬歩」」

 一瞬で間合いをつめるレイシアとサチ。


 サチの鍋のふたのヘリが、油断だらけの敵の喉ぼとけにクリーンヒット。ゲホゲホと、喉をおさえ転がりまわる冒険者。助けに入った冒険者のみぞおちに膝蹴り。


 レイシアのお玉が、敵のあごをすくう。首が伸び切り倒れるしかない冒険者。

 倒れた敵のあごを蹴り上げる。そのまま回し蹴りで次の冒険者を瞬殺!


 そんな感じであっという間に死屍累々の惨状を作り上げる2人は、それから先冒険者たちから「姉御!」と呼ばれ恐れられるのだった。



 夕食。クリシュは今日あったこと、お父様との温泉での会話を嬉しそうにレイシアに話した。レイシアは嬉しそうに聞いていたが、疲れていたクリシュは食べながら寝落ちした。


 結局今日もレイシアと遊べなかったクリシュだが、レイシアは「よく頑張りました」と頭をなでてクリシュをたたえた。

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