第796話 だから、「警察」ではない「第三者機関」が必要なのだ

某大学病院(報道では名前が出ている)のNICUで、先天性心疾患を持つ2か月のbabyちゃんの「急変」を知らせるアラームに対応が遅れた、という事で、心肺停止蘇生後低酸素脳症となり、先月、生後7カ月で永眠された、というニュースが昨日報道された。警察が「業務上過失致死」を視野に、捜査に入っているそうである。


医療のニュースとしては、ALS嘱託殺人の話も出ていたが、こちらについては、現行法では認められていない行為を「意図的」に行なっているので、警察の捜査に任せるのが適切だろうと思うのだが、この大学病院の出来事を、警察が介入して、誰かを「業務上過失致死」の罪名で裁くことに意味があるのだろうか?今後このような事故を防ぐために有用なことだろうか?


「医療訴訟」を考えるうえで、「その当時の医療水準」というものが判断の根拠として出てくるので、昔の数を持ち出すのが適切かどうかは悩ましいところであるが、1970年代に生まれた私としては、いわゆる20世紀の初頭、周産期死亡率がどの程度であったのか、それがどのようにして、現在の数値になったのか、という事は重要なことだと思う。


以前調べたのだが、1900年の統計では、周産期死亡率(妊娠6か月~生後6か月での児の死亡率)は、100人当たり16人、だったと記憶している。ちなみに現在の周産期死亡率は2万人に一人程度である。本来それだけ死ぬ確率の高かった新生児、乳児を生かすことができるようになったのは、学問、技術としての周産期医療の知見が増えたこと、技術を持つ人が増えたこと、そして、その技術を生かす場としてのNICUの存在は極めて大きい、と考える。


「チーム医療」という言葉があるが、このような重症患者さんを管理する部署は、本当の意味で「チーム」である。仮にそのNICUで年間1000人のbabyちゃんを救命できたとすれば、それは誰かひとりの力ではなく、NICUスタッフすべての力である。


と同時に、このような残念な事故も同様である。もし誰かが、アラームに対応が遅れた、としても、そのスタッフが怠慢だった、とか、その人に責任がある、と考えるのは大きな間違いなのである。


“To Err is human, To Forgive is devine.”(過つは人の常、それを許すは神の業)という言葉があるが、その通り、人は誰でも、どこかでミスをしてしまう存在なのである。


なので、誰かが「アラームへの対応が遅れた」という出来事があれば、「そうならないためのシステム」「そうなったときに可能な限り患者さんへの影響を少なくするシステム」を作る、という事が大切で、誰か一人をスケープゴートとすることは絶対に避けなければならないことである。


仮にNICUの誰かが、「業務上過失致死」として送検されたとしても、その方は、何百人もの「自然ならば命を失うべきbaby」を救ってきた人なのである。


NICUなど、極めて特殊で高度な技術を要する部署で仕事をしている人は、単に「その部署で日常業務をこなせる」だけで極めて貴重な人材なのである。少なくとも「警察」は犯罪捜査機関であって、「システムの安全性」などを担保する、という業務のスペシャリストではない。なので、この問題に対して「警察」が介入すること自体が「専門外」なので「おかしなこと」なのであるが、如何せん「国家」より「権力」を与えられている機関なので、如何ともしがたいところである。


亡くなったbabyと、そのご両親には心からお悔やみを申し上げる。と同時に、今回のことは「個人の責任」ではなく、「システムの不備」としてとらえなければならない、という事を言いたい。


例えば、アラームが鳴り始めたとき、スタッフは他のbabyの「命」を左右するような処置を行なっている最中だったのかもしれない。点滴の交換、体位変換、喀痰の吸引処置、経管栄養の注入速度の調整、どれ一つもずさんにできないし、慎重さ、正確さを要求されるものである。スタッフが少ないところで、他のBabyちゃんの命にかかわる処置を行なっていれば、アラームに気づいてもすぐには動けない。そこまで集中していればアラームに気づかないかもしれない。


ICUであったり、三次救命救急センターの救命室やERであったり、NICUであったり、そういう場所は「どこかでアラームが鳴っている」状態がデフォルトである。逆にアラームが鳴っていなければ、センサー外れがないかを確認しなければならないような場所である。


そういった場所、そういった状況で「アラームに対応が遅れた」としても、それは個人的なミスなのだろうか?


という点で、このような問題が起きたときは、「警察」の持つ「犯罪者を探す」という視点ではなく、「この問題が起きた背景は何なのか。どうすれば同様のことが起きないようなシステムを構築できるか」という視点で対応する必要がある。


おそらく、大学内で「事故調査委員会」は開かれて、議論されていることだろうと思う。どうかこのトラブルにかかわったスタッフが「犯罪者」としてスケープゴートとされないこと、心折れることなく、たくさんの「本来であれば助からないbaby」を助け続けてくださることを願っている。

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