第787話 これは、マスコミによる「リンチ」か?

ソースは日刊ゲンダイDIGITAL、Yahooニュースより。


このニュースを簡単にまとめると、神戸徳洲会病院で、「循環器内科医師による複数の死亡症例」の内部告発に始まる、「神戸徳洲会病院」での死亡症例、医療事故例を調査した神戸市が、医療法人「徳洲会」にたいして業務改善命令を出した、というのがニュースの本体である。


確かに由々しき問題が多発していたのは事実であろう。調査を行なった神戸市から「改善命令」が出されるのはよほどのことである。そこに対して私が何かを言うつもりはない。


ただ、報道の中で、「これはどうか?」と思ったことがいくつかあるので、ピックアップして私見を述べたい。


<以下引用>

 昨年9月、別の大学病院で新型コロナの治療を受けていた70代の男性患者が、症状が落ち着いたため、徳洲会病院に再入院した。患者は糖尿病を患っていたが、医師からインスリンを投与されず、入院から10日後、血糖値のコントロールができなくなり死亡した。男性の主治医である新保雅也病院長が、カルテに記載された糖尿病の既往歴を見落としていた。院長は、亡くなる直前、持病が電子カルテに記載されていることに気づいたが、遺族には「死因は肺炎」と説明。それが一転、市の立ち入り調査後には「血糖値をコントロールできなかったことが死亡の原因の可能性がある」と修正している。


 翌10月には80代の男性入院患者に吐血の症状がみられたが当直医が出血元を特定できずに死亡。


 今年1月には90代の男性が心肺停止状態で緊急搬送され、治療により心拍が回復し、血圧が下がらないように薬剤の投与を続けていたが、夜になって薬剤が切れ、その直後に男性は死亡した。病室内では薬剤の残量が少なくなったことを知らせる警告音が鳴り、家族が職員に伝えたが、院内に補充分が用意されておらず、看護師がすぐに手配したものの、間に合わなかった。


<引用ここまで>


3つの症例を取り上げていたので、最初の症例から1,2,3と番号を付けることにする。


症例1の報道で、一番おかしいと思うのは、循環器内科での複数死亡事件も含め、医師名が明確にされていないのに、この症例1だけは、主治医として院長の実名が報道されていることである。


病院として、何か問題が起きたときに、病院代表者として、院長として実名報道される、これは病院の代表者として、避けられないことである。ただ、この症例では「院長」という立場ではなく「主治医」として、患者さんと関わっていたわけだ。そうであるならば、名前を報じる必要性をマスコミ側に問いたい。なぜこの症例だけ、「主治医」の名前を公表するのか?と。「実名報道」という事に対して、マスコミはあまりに無神経ではないのか、と不快感を覚える。


繰り返しになるが、「病院」としての総責任者、としての院長という立場であれば、実名報道も容認されるべきと思われるが、この場合は「院長」という立場ではなく、「主治医」という立場で患者さんと関わっているわけである。であれば、他の医師と同様に「実名報道」を行なわないのが筋ではなかろうか、と思った次第である。


症例1については、もう一つ、これは報道ではなく、純粋に医師としての疑問であるが、「インスリン投与されなかったこと」と「死亡」に、本当に関連があるのかどうか、というところである。


患者さんが、「Ⅰ型糖尿病」であれば、議論の余地なく、インスリンを投与しないことは「有責」である。「インスリン投与」は「命綱」だからである。一方、「Ⅱ型糖尿病」であれば、各患者さんごとの経過を見ないと結論は出せない。


インスリン投与をせず、血糖値が高値になっていても、体内の糖代謝は適切に行われている場合も多い。インスリンが「命綱」となる「インスリン依存状態」かどうか、という事については「糖代謝が適切になされているかどうか」の指標である、「ケトン体」の産生の有無、後は、血糖値そのものがとんでもない値を取っているかどうか、というところに帰着されると思われる。


急性期病院時代、ERで極めてコントロールの悪い糖尿病の方が、別の病態で搬送されることは多かった。これは私の師匠の教えだが、「高齢の方なら、検尿を取って、ケトンが出ていなければ、『糖代謝は問題なく行われている』と考えてよい。本人が元気そうなら血糖値400mg/dlであっても、翌日の外来受診を指示し帰宅でよい」とのことだった。私の現在の認識も同様である。ケトン体が出ていない状態での高血糖なら、病態の本質は「脱水」である。ケトン体を作らない、純粋に高血糖による高浸透圧状態が問題となる「高血糖高浸透圧症候群」で、なぜhalf-saline(半生食:0.45%食塩水)を用いるのか、それは本質が「脱水」だからである。


一方で、ケトン体が陽性となる高血糖状態、これは糖代謝が適切に回っていないことを示唆し、この場合には糖代謝を正常化させる「インスリン」の投与が必須である。


そこが明確になっていないので、本当のところはわからない。しかしながら、「実名報道」については「不適切」だと言いたい。


症例2については、「吐血」で「当直医」が出血源を同定できずに死亡、とのことだが、「当直医」という事は、深夜帯、あるいは休日帯の出来事であろう。極めてまれなことではあるが、内視鏡的止血術を行なおうとしても、出血点が同定できない、あるいは出血が止まらないことがある。内視鏡的止血術で止血困難な場合には、外科医に開腹してもらって止血、という対応になるが、出血量が多ければ「間に合わない」という事は避けられない。これは「ずさんな医療」と言っていいのだろうか?


消化管出血からのCPA症例、研修医時代に2例見聞している。一人は私が日勤帯のER当番の時に経験した、他院から上部消化管出血で紹介された患者さんであった。当院に到着時は、しんどそうだがお話も十分可能であり、そこまでバイタルサインも崩れていなかった。もしものための輸血を用意し、輸血の用意ができたら、内視鏡的止血術を行なう段取りをしていたのだが、内視鏡開始前にERで急激にショックバイタルとなった(突然「う~っ!」とうめき声をあげて血圧が一気に60台に!)。


先ほど述べたように、輸血はある程度用意していたが、それだけでは間に合わず、輸血と晶質液(ふつうの点滴。もう少し詳しく言うなら細胞外液)も含め、ERボスと私、そして二人の看護師さんで両手両足から点滴路を確保、ポンピング(注射器を使って強制的に押し込む手法)で10L近くの補液を行なって血圧を安定化させた。


しかし当院到着時とは患者さんの全身状態が全く変わっており、速やかにICUに入室、その後すぐに永眠された。当院到着時、Hb 8.9だったのが、ICU入室時にはHb 1.3となっていた。出血の激しさが推測される(ICUの看護師さんが死亡後の処置を行なったところ、凝血塊がバケツ1杯ほど出てきたそうだ)。


もう一例は、内科カンファレンスで提示された症例で、当直帯の出来事。上部消化管出血で紹介、輸血をオーダーして内視鏡を開始したそうだ。しかし、出血点が非常に硬くなっており、止血クリップで止血できず、HSEやエタノールで止血できず、大急ぎで輸血を検査室から取り寄せ、それと同時に外科チームを呼んだそうだ。緊急手術の準備をしていたものの、手術室に向かう直前に心肺停止となり、蘇生処置の甲斐なく亡くなられたそうであった。


どちらの症例も、誰も医療ミスはしていない。以前にも書いたことがあるが、「医療ミス」がなくても、「医療事故」は起き、ミスが全くなくても「人が死ぬ」ことは極めて低い確率ながら起き、それは避けられないのである。


なので、症例2は、本当に「医療ミス」として責められるべきものか、と言われると、私にはそう思えない。医療者が懸命に努力しても、その指の間をすり抜けるようにして人が亡くなっていくこと、臨床の現場にいれば、そのような経験は必ずする。


症例3も同様である。90代で心肺停止蘇生後であれば、嫌な言い方であるが、早晩亡くなってしまう。おそらく患者さんはICUで管理されていただろうと推測される。昇圧剤が無くなった時に、手元に薬がない、という事はICUという場では問題視されるべきものと思われる。しかしながら、これも言い方が悪いかもしれないが、この患者さんは、自然の状態では止まっていたはずの心臓を、薬で無理やり動かしていたにすぎない。なので、ここで問題にすべきは、「患者さんが亡くなった」という事ではなく、「必ず使うであろう薬剤を手元に用意できていなかった」という事である。


因みに「院内に用意されていなかった」と記事に書いてあるのは、記者の書き間違いだろう。本当に「院内に用意されていなかった」のなら、薬剤師が、薬問屋さんに連絡をしなければならないからである。看護師さんが慌てて用意をする、というものではないのである。


カルテを数日間記載されていなかった、など問題点はたくさんあり、改善命令は必然、と思われるが、記事そのものがいい加減であれば、何とも評価しづらいところである。


少なくとも「主治医」の実名報道については、たとえ「院長」であろうとも、他の医師と同様に扱うべきであろうと思う。少なくともこの症例1の記事の中で実名を出す必然性は全くないと私は思う。

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