第390話 船頭多くして船、山に登る

外来診療をしていると、しばしばドクターショッピングをしている方や、他院に定期通院中であるが、その診療内容に対して少し疑問を持っている方が受診することがある。


どうしても、医学、医療というものはその中に不確実性が内在したり、その医師が提供する医療の方針に「医師自身の哲学・生き方」が介入することも多く、例えば「溶連菌感染による扁桃炎、ペニシリンアレルギーのない方の治療法」=「ペニシリン系抗生剤の投与」と医師のほとんどがそう答える問題でなければ、「医師の言うこと」に若干の違いが出ることについては避けられない。時には患者さんの抱えている問題に「正反対」の方針を提案し、しかもそれぞれ得られるものがあり、どちらも「間違い」ではない、なんてこともありうる。


なので、先に述べたような方が来ると、もちろんお話を聞き、診察をして、これまでに見落とされているものがないかどうか、などは確認するが、その後の患者さんとのお話の時には「船頭多くして船、山に登る」ということわざを出すことが多い。


「いろんな病院で、いろんな医師に受診すると、みんな少し違う事を言うでしょ。それは「医学」がまだ不完全な学問であること、「医療」を行なう上で「医師の持っている哲学・生き方」という価値観が入ってくるのでしょうがないことです。『船頭多くして船、山に登る』ということわざがあるでしょ。複数の医者にかかるとかえって訳が分からなくなるので、信頼できる医者を一人、自分の「主治医、かかりつけ医」として決めてください。困ったことや疑問などはまずその主治医に相談してください。ほとんどの医者は、誠実に答えてくれたり、必要があれば、大きな病院を紹介してくれます。もし質問をすると機嫌が悪くなったり、答えてくれなかったりすれば、その医師は「主治医、かかりつけ医」としては不適切なので、「その医師」に紹介状を書いてもらって、別の医師を「主治医、かかりつけ医」とされたほうがいいと思います。少なくとも「あまり良くならないから「別の医者」と医者をコロコロ変えるのは良くないですよ」と患者さんにはお話ししている。


そういったやり取りの中で、私を「主治医、かかりつけ医」と考えてくださる方がいれば、ありがたいことでもあり、もちろん誠実に対応する。その患者さんが信頼する私とは別の医師がいれば、その医師を「主治医、かかりつけ医」としてもらって全然かまわない。


今、厚生労働省が盛んに「『かかりつけ医』を持ちましょう」と宣伝しており、「かかりつけ医」に必要な能力を提示している。もちろん私も「何でも内科医」として、「かかりつけ医」に要求される能力を有する医師だと自認してはいるが、みんながみんな、私を「かかりつけ医」としなくても良いと思っている。ただ、私を気に入ってくれたらうれしいと思う。


さて、閑話休題。


先日、「2,3週間前から何となく下腹部に不快感がある」という事で70代の女性が私の外来に来られた。身体診察では、下腹部の触診で違和感を訴えられるものの、あまり「これ」といった所見を認めなかった。「ご心配でおいでいただいたので、少し詳しく検査をさせてください」とお願いし、血液検査、検尿、腹部単純CTをオーダーした。


私は特別な理由がなければ、腹部単純レントゲンは撮影しないこととしている。というのも、研修医時代に、”Radiology”という放射線医学の世界では有名な雑誌に載った、「腹部単純CTと、胸部正面立位・腹部正面立位・腹部正面臥位とで、画像診断能力を比較」した論文があった(文献名が出てこないのは勘弁してください)。その論文では、腹部CTと、単純写真群で「シュウ酸カルシウム結石による尿管結石」「著明なガス貯留を伴う小腸閉塞」、「多量のfree airを伴う上部消化管穿孔」については、腹部単純CT、単純レントゲン群で診断能力に有意差を認めなかったが、その他の疾患についてはいずれも明らかに腹部単純CT像が、単純レントゲン群より高い診断能力がある、という結論だった。なので、腹部の評価については、被曝量を少なくするため、得られる情報の少ない腹部単純レントゲンは基本的には撮影せず、最初から腹部単純CTを撮影している。


さて、そんなわけで、画像と検尿、そしていくつかの血液検査結果が返ってきたのだが、結果を見て驚いた。検尿、血液検査は有意な異常を認めなかった。しかし腹部単純CTでは、撮像範囲が、下肺野(食道裂肛ヘルニアの存在などを考え、横隔膜の少し上方から撮影する)から骨盤下までなのであるが、両側肺の下葉に、それなりの大きさの腫瘤影があり、腹部も、骨盤腔内(女性の場合は下から「直腸」「子宮、膣」「膀胱」の順で重なっている)の膀胱の上に、訳の分からない大きな腫瘤影が存在した。技師さんが気を利かせて、水平断、矢状断、冠状断の3方向でスライスを再構成してくださったのだが、原発の臓器がはっきりしない腫瘤であった。写真を素直に解釈すると「腹部の訳の分からない腫瘍(おそらく悪性)」→「転移性肺癌」と考えるべきだろうと考えた。ただ、この状態、「えらいこっちゃ」状態ではあるが、「大急ぎで何とかしないと(緊急で転送を要する)」という状態ではない。なので、血液検査の外注項目にいくつかの腫瘍マーカーを追加で指示し、放射線科医の読影所見を待つこととした。


患者さんには、「今回の下腹部の不快感、どうも厄介なことが起きているようです。血液は検査センターでしか行えない項目を複数提出しているので、その結果と、CTの写真を評価してくださる専門家の「放射線科医」が週に一度、全員のCTを確認してくださるので、その結果を見て、次の行動に移りましょう。来週もう一度私の外来に受診してください」とお願いした。


そして昨日、患者さんが再診された。外注項目では腫瘍マーカーを含め、疾患についてヒントとなるようなデータを認めず。放射線科医の所見では、「腹部の謎の腫瘤」については、「先進部に腫瘍病変(GIST、あるいは悪性リンパ腫)を伴う腸重積を疑います。外科での精査をお願いします」、肺の病変については「肺癌を疑います」との所見がついていた。


「腸重積」は「子供の病気」としてよく知られ(ほとんどの育児書に書いてある)、腸の一部分が腸の中にめり込んでいく病気である。子供の場合は「間歇的に火がついたように泣いておなかを痛がる」というのが特徴である。腸は腸管内の内容物を肛門の方向に進めていくのが仕事であり、腸の一部分が腫れたり、何かできものができたりすると、その部分が「送り出すべき食物の一部」としてその部分を「先進部」として、腸管の中に腸管を巻き込んでいく疾患である。子供の場合は「ウイルス性腸炎」などで腫れた回盲部リンパ節が先進部となって、回盲部付近で腸重積を起こすことが多く、症状は先に述べた、間歇的な激しい腹痛と、腸閉塞症状を呈することが多く、速やかに対応が必要となることがほとんどである。


成人の場合は、悪性腫瘍などが先進部となることが多く、症状はやはり同様の間歇的な強い腹痛、腸閉塞症状を呈することが多い。この患者さんでは「腸閉塞の症状(間歇的な強い腹痛、嘔吐)」に乏しく、また、画像上も特徴的な”Target sign“が見当たらず、本当に小腸の腸重積かどうかは判断に困った。


因みに”Target sign”とは、腸重積を起こしている部分を輪切りにすると、「的(Target)」のように見えるからその名前がついた。焼肉屋さんで、小腸(シロ、って言ったっけ?)を食べたことがある人はわかっていただけるが、腸そのものは筋肉(CTでは灰色に映る)と、その周囲に脂肪(CTでは黒っぽく映る)がついた構造となっている。なので、腸重積が起きている部分を輪切りにすると、中心部に「巻き込まれた腸管の中に入っている内容物(筋肉とは濃度の異なる灰色)」、その周りに巻き込まれた腸管の筋肉層(灰色)、巻き込まれた腸管の外側の脂肪と、巻き込んでいる腸管の脂肪(黒)、巻き込んでいる腸管の筋肉(灰色)、巻き込んでいる腸管の外側の脂肪(黒)、という形で灰色と白が同心円状に広がっているように見える。これが「的」のように見えるので”Target sign”と呼ばれている。


さて、いずれにせよ、腹部の腫瘤は、小腸を追いかけても小腸に連続しているところはなさそうであったので、本当に「腸重積」なのかどうかわからないが、明らかにおかしな腫瘍影である。この部分を原発(最初にがんが発生した部分)と考え、両肺の腫瘍を「転移性肺癌」と考えるのが話の筋としては一番考えやすく、仮に悪性腫瘍だとすれば、遠隔転移があるためStage4となる。消化管かどうかも分からないので、「消化器外科」に紹介するのははばかられるなぁ、と思っていたが、近くの大学病院は「一般外科・消化器外科・小児外科」と標榜してくださっていたので、気持ち的に楽になった。再診された患者さんには、


「血液検査は特に「これが大変」というデータはありませんでしたが、CTでは、放射線科の先生も「大きな病院で精密検査を」と記載されていました。大学病院にお手紙を書いて、なるだけ近い枠の予約を取ります。予約が取れたら連絡するので、こちらの受付で紹介状と、大学病院の予約表をもらって、受診してくださいね。どうもこの結果を見る限りでは、病気との長い闘いになりそうですが、頑張りましょうね」と説明し、いったん帰宅してもらった。そして午前の外来終了後に紹介状、画像のCD-ROMと読影所見、血液検査、尿検査の結果を用意し、地域連携室に予約の調整をお願いした。


午後になって、地域連携室から私に連絡が入った。


「先生、大学病院の「一般外科(腹部外科)」は受診日が決まりました。ただ、一般外科からは、「転移性肺癌については『呼吸器内科』での評価が必要」との連絡があったので、『呼吸器内科』への受診予約もとっていいでしょうか?」

「もちろんいいですよ。お願いします」


と答えたが、少しモヤモヤしてしまった。私個人としては、大学病院通院中は「腹部外科」を主科(主に担当する診療科)として、転移性肺癌については「主科からの院内紹介」という形で、大学病院内での関係性を持ってほしいと考えていた。もちろん、終末期の管理で当院を希望された場合は、主治医機能をこちらが担って構わないと思っているのだが、こちらから「腹部外科」と「呼吸器内科」の両方に紹介状を書けば、どちらの診療科も結果をこちらに返してくるだろう。そうなれば、大学病院内での「主科」と「対診科」の関係があやふやとなってしまうのではないか、と危惧している。化学療法についても、当院では行えないので、どうしても腹部外科が主科として行なってもらう(あるいは腫瘍内科が主科となってもいいと思う)必要があるだろう。とすれば、あまりこちらから「呼吸器内科」への紹介はしない方がいいんじゃないかなぁ、と思ったのが正直なところである。


「船頭多くして船、山に登る」ではないが、「どちらの診療科」も「対診科」として、「自分の診療科はこの患者さんの主治医ではない」と考えている、というような事となってしまえば、患者さんご自身が「どの科の先生」を主治医として考えればよいのか、不安なことを相談すればいいのか、わからなくなってお困りになるのではないか、と心配をしている次第である。

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