第371話 毎度のことながら(その一)(ハードな土曜日シリーズ)

いつからシリーズしたのかは不明だが、ハードな土曜日を書くことが多いので、土曜日のハードな出来事については、シリーズとしてまとめることにした。


毎週土曜日は午前中外来、午後はワクチン外来と大忙しなのだが、第2週は土曜日の午後に専門外来が以前から2枠設定されており、そのため、ワクチン外来に割ける看護師さんがおらず、第二土曜日はdutyとしては午前の外来のみとなる。なので、すこしリラックスした気分で出勤した。この土曜日の予定は、午前の外来と、午後に一人、予定入院の患者さんが入院されることとなっていたが、予定入院の患者さんにかかる手間は、いつもの2時間弱で60人ほどに、問診して、身体診察をして、ワクチンを接種する、という労働に比べると雲泥の差である。


いつも通りに出勤し、白衣に着替えて病棟回診を行なう。落ち着いている方はそれなりに、不安定な方もそれなりで、回診終了後に各患者さんの熱型表、前日の当直帯の看護師さんの記録を見ながら、必要な検査を指示したり、薬を新たに処方、あるいは変更、中止したり、食事の変更などをしながらカルテを記載する。前日の帰宅直前に、看護師さんから申し送られていたことがあったので、それもmission complete!。Dr.用の指示盤を確認し、看護師さんからのメッセージを確認、それに対しての指示を出して、指示盤の私の名前のところに、午前、午後の予定を書いておくことを日課としている。指示盤に自分の予定を書いておくのは、そうするように、という指示や依頼があったわけではないが、その時間に私がどんなことをしているのか、病棟で把握してもらえておけば、「この時間は電話しやすい時間だ」とか、「この時間は緊急の電話以外はだめだな」と配慮してもらえるのでありがたい。そんなわけで勝手に自分が習慣化してしまった。


指示盤には、思っていた以上の分量が書かれていたので、指示を出すこと、変更することなども多く、朝回診にずいぶんと時間を使ってしまった。大概は、1時間ちょっとで回診と指示出しが終わるのだが、この日は1時間半ほどかかってしまった。1時間で指示出しが終われば、朝のdutyが始まるまでは少しホッとできるのだが、1時間半もかかると、ホッとする間もなく朝のdutyが始まる。なので、ペットボトルで毎日持参している麦茶(毎日ペットボトルを買うと、馬鹿にならないので、600mlのペットボトルと、350mlの水筒に自宅で作った麦茶を入れて出勤している。出勤すると、ペットボトルは医局の冷蔵庫で冷やしておく)を数口飲み、トイレで用を足すとすぐに外来に向かった。


2週、4週の午前外来は原則、私一人が担当となっている。他の曜日は以前にも書いたが、2人の医師で午前外来を担当しているので、単純に考えれば2倍の仕事量である。しかも、土曜日お休みの方が受診されるので、「健康診断で受診を進められた」とか、「数日前から調子が悪く、今日何とか休みが取れたので受診した」などと、いわゆる「初診」の患者さんや、「平日は仕事で来れない」という方の市民健診を受けられる方が来られるので、結構ヘビーな外来となる。


今週も、気分としては「ちぎっては投げ、ちぎっては投げ」のように、でも丁寧に患者さんを診察していった。プライマリ・ケア学会で聞いた講義では、「『様々な訴えの患者さんを3時間で25人』診察できれば適切な水準」と聞いたことがあるし、また、別のところで、日本では、「患者さん一人当たり平均して6~7分の診察時間」と聞いたこともある。それを考えると、9時~12時の診察時間で、30人診察できれば合格点をいただきたいと内心思っているのだが、なぜか、50人近くの患者さんがお見えになる(ありがたいことではあるが)。


奇数週の土曜日は私と、もう一人のベテランの先生の二人で外来を行なうので少し楽にはなる(ただ、ベテランの先生の方にかかりつけの患者さんがシフトするため、私の外来に健診、初診の患者さんが集中するので、「とても楽」にはならない)。時に、奇数週の担当先生のかかりつけの方が、勘違いをして私一人の週に受診されることもしばしばである。もちろんそのような時も笑顔で、「いつも〇〇先生に診てもらっているのですね」といいながら問診を行ない、身体診察、投薬としている。


たまたま、そのような患者さんの一人を診察していた。「調子はどうですか?」と伺うと、「時々、不整脈があり胸が気持ち悪い感じがします。去年の7月に心電図を取ってもらい、『上室性期外収縮』とのことで、心配する不整脈ではない、といわれています」とおっしゃられ、病名の書かれたメモを見せてくださった。確かにメモには「上室性期外収縮」と書いてあった。


「では診察させてくださいね」といってお身体を診察する。「胸が気持ち悪い」といっておられたように、聴診では心音は不整であった。ただ、「期外収縮」なら、基本となるリズムは一定で、そこにタイミングを逃したリズムが入り込むのだが、今回は、リズムが早くなったり遅くなったりと、基本となる一定のリズムを見いだせなかった(この状態を『絶対性不整脈』と言ったり、英語では”irregulary irregular rhythm”と表現する)。本当に期外収縮か?と不思議に思った。ただ患者さんのおっしゃる通り、7月のカルテでは心電図の指示がされており、PAC(心房性期外収縮)と書いてあった。


患者さんに「今日の聴診では、『上室性期外収縮』とは違う不整脈があるようです」と説明し、過去の心電図を確認した。7月の後、9月にも心電図を取っておられ、9月の心電図は明らかな上室性期外収縮であった。ただ、患者さんが「上室性期外収縮」と言われ、カルテにも「PAC」と書いていた7月の心電図を見て凍り付いてしまった。V1誘導が最もP波をきれいに描出している心電図だが、P波は規則正しく打っているのだが、QRS波はそのP波と連動せずに出現しているようだった。明らかに各QRS波ごとにP-Q間隔が異なっている。「なんだこれ?心房粗動?房室解離?少なくともどう見ても『上室性期外収縮』とは違うよ!」と驚いた。


私は外来中、手元に数枚紙を置いており、患者さんへの説明や、お渡しするためのメモ、あるいは私の忘備録として使っているが、その紙に、心電図のP-QRS-T波の一般的なパターを書いて患者さんに示しながら、「上室性期外収縮のメカニズムと心電図波形」を説明の上、9月の心電図、7月の心電図を提示した。


「9月の心電図でみられる脈不整は、「上室性期外収縮」ですが、7月の心電図だと、先ほどの不整脈の波形はありませんよね。先生からは「上室性期外収縮」と伺ったとのことで、確かに7月のカルテにもその旨書いてありますが、この心電図は厄介な心電図です。今も不整脈があるようなので、今日も心電図を取らせてください」と患者さんにお願いし、心電図をオーダーした。


心電図が帰ってくるまでの間に他の患者さんの診察を進めていたが、特に主治医を決めずに当院で、高血圧のため、CCB(カルシウムチャネル拮抗薬)、ARB(アンジオテンシンⅡ受容体拮抗薬)、サイアザイド系利尿剤(この薬も降圧薬である)を処方されている患者さんが診察室に来られた。


いつものように「お待たせしました。すみません。最近、体調はいかがですか?」と問診を始めた。


「3か月ほど前に、通院中の整形外科で採血した時にカリウムの値が高く、その先生からは「『果物』とか『生野菜』を絶対に食べてはいけない」と言われたので我慢しているのだが、いつまでがまんすればいいのだ?」と質問された。


「すみませんが、その時の血液検査の結果、今日お持ちですか?」

「いや、その病院、検査結果を渡してくれんのだ」とのこと。


これまた困った。高度の高カリウム血症は心臓を止めてしまうので、緊急事態なのだが、どの程度のカリウム値だったのかが分からない。また、その医師の説明もいい加減なものである。電解質が狂っているなら、そこは内科の領分だし、結構慎重を期さないといけない。とてもではないが、果物や生野菜を食べるな、だけで済ませて良い問題ではない。腎機能が悪くて、本当に危険な高カリウム血症なのか、ARBの副作用でカリウムが上昇していたのか、採血の際に「溶血(血液の細胞が壊れること)」を起こして、見かけ上カリウムが上昇したのか、判断しなければならない。


「××さん、カリウムの値が「本当に」高いのであれば、食事だけではなく、様々な形で治療を行なう必要があります。少しお金がかかって申し訳ありませんが、至急で採血させてください」と伝え、院内緊急項目について至急で検査を行なった。


もうこれだけで、私の心の中ではアラームが二つ、ピコピコとなっている状態である。内心「う~ん、困った」と思いながら、山積みのカルテから、患者さんを一人一人、いつもと同じように診察していった。


最初の心電図異常の方の心電図ができました、と検査室から連絡があった。診察中の患者さんの診察を終え、すぐに心電図を確認する。今回は、これまでとは異なり、V1では基線が消えてギザギザの波(鋸歯様波形)があり、QRS波は120前後で揺れているところと、1か所、1.25秒の心停止が見られた。心電図診断は「徐脈頻脈症候群を伴う心房細動」であった。患者さんを診察室に呼び、結果を説明した。ご本人に聞くが、「ドキドキする感じも、血の気が引くように意識がふーっととおくなることもない」とのことだった。患者さんには「徐脈頻脈症候群」「心房細動」について説明した。すぐ行うべき治療としては、DOACで塞栓症を予防し、循環器内科でカテーテルアブレーションの適応の有無について評価を受けていただくこと、と説明した。


「話はよく分かりましたが、少し考える時間をください。また、〇〇先生の外来に来て、先生のご意見も聞きたいと思います」とのこと。

「ぜひそうしてください。わかるようにカルテは書いておきますね」とお伝えし、希望されていた便秘薬とシップに加えて、DOACとPPI(胃の調子が悪い、と言われていたこと、消化性潰瘍による上部消化管出血予防を期待して)を追加し、カルテを書いて診療を終了した。カルテもたくさん書かなければならないので、「ちぎっては投げ」には程遠いが、命にもかかわることであり、手を抜くわけにはいかない。


高カリウム血症を指摘された、という方は、院内緊急検査では、腎機能に異常なく、電解質異常も認めなかった。診察室で結果を説明し、「結果を見ると、特に野菜や果物を制限する必要はないと思います。半年に一度ほど採血しましょう」と説明し、定期薬を処方し、終了とした。


そんなこんなで、まだまだカルテが山積みの状態であった11:45頃、当医療法人関連のデイサービスから診察依頼の電話が入った。曰く「利用者さんが、お話を聞くと昨日、階段を4段ほど転がり落ちたそうであり、デイサービスに患者さんを診に来た理事長(医師)が診察をすると、右の鎖骨あたりを痛がっているようだと。ちょっとレントゲンでも取ってくれないか」とのことだった。


連絡を受けて、がっくりした。以前にも書いたことがあるが、デイサービス利用者さんに医療的トラブルがあった場合には、まずかかりつけ医に連絡し、そちらで対応、というルールになっていたはずであること。階段の4段目から転落、と言えば、1m近くの高さから落下しているわけで、準高エネルギー外傷である。全身の評価、臓器損傷の評価が必要であり、何を今頃になって、呑気なことを言ってくるのか、危機感のなさにガックリしたこと。このカルテの山を見ると、外来患者さんの診察終了は13時ころになりそうであり、そこからここで評価し、異常があれば転送、ということになれば何時になるか分からない。私は13:30から新入院の方の対応をしなければならないのに、どうするのだ、という思いもあった。


お昼前で空腹なこともあり、かなりイライラしたが、理事長がそういうならしょうがない。「わかりました。待っておられる患者さんが多いので、ぐったりした様子がなければ、先に食事を取ってもらってください」と返答した。


そして、また診察に戻る。イライラした表情や感情を患者さんに見せるわけにはいかない。そして、患者さんは1時間以上待っててくださったのである。患者さんが診察室に入ると、笑顔で「遅くなってしまいすみません。お待たせしました。体調はどうですか?」と定期受診の方には対応した。ラッキーなことに、それ以降初診の方はおられなかったので、スムーズに診察は進み、12:25頃に診察を修了した。50人を超える患者さんを診察していた。健診で一杯書き物をしたり、説明をしたり、初診の方や、定期受診の方でも手間取った方がおられたことを考えると、よく頑張ったと思う。そして看護師さんに、デイサービスの患者さんに来てもらうよう、連絡をしてもらった。


長くなったので次に続く。



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