第290話 懐かしく、ありがたい電話

昨日の午後、昼食を食べ終わらんとするとき、院内PHSが鳴った。Call元は「受付」とPHSに表示されている。「今日は時間外の当番でもないのに、何だろう??」と思いながら電話に出る。


「O大学病院のGさんという方からお電話なのですが、おつなぎしてもよいですか?」とのこと。G先生は初期研修医時代、1年上の先輩だった。初期研修医終了後、O大学の内科系医局に所属し、主に総合診療に携わっておられた先輩である。


G先生が医局派遣で週に何度か仕事をされていたST病院は、私が以前勤務していた診療所と診療圏が重なっており、時に重症の患者さんをST病院に転送しようとすると、受け入れ医がG先生だったり、複雑な病態の患者さんをO大学のG先生宛に紹介したり、また逆に、大学病院でfollow中の患者さんについて、「次回受診まで、診療所で抗生剤の点滴お願いできないか?」と依頼されたりと、初期研修時代だけでなく、診療所で仕事をするようになってからさらに関係が深まった先生である。


「あっ、G先生、お久しぶりです。保谷です」

「あー、ほーちゃん、久しぶり。Gです。今はそこの病院にいるの」

「はい、もうこっちに来て3年近くなります」

「そうかぁ、あの診療所はやめたんやね」


と、少し昔話をした。そして、ST病院や診療所の診療圏での医療状況についても意見交換をした。


「G先生、あの辺りは、今は過当競争になっています。僕が診療所に就職したばかりのころと比べて、新たに、内科クリニックも4つくらい、小児科クリニックも3つくらい新規開業して、診療所の売り上げがガクンと減りました。かかりつけの患者さんは継続して来てくれていましたが、ちょっとしたことでの臨時受診の方、あと、小児科の患者さんは圧倒的に小児科クリニックに移行したと思います。あの辺りは古くからの街であると同時に、大阪市内のベッドタウンとしても人気の場所なので、昔ながらの「一家そろって全員診ます」という総合診療・家庭医療のニーズが減る一方で、新しく住み始めた方は都市型の「子供は小児科、関節が痛ければ整形外科、おなかが痛いときは消化器内科、と専門診療科を志向する医療」のニーズが高まっています。僕は、診療所の初代理事長にあこがれて医者になったので、「子供も大人も、内科系も小外科も対応する『古いスタイルの町のお医者さん』、総合診療医」を志向して仕事をしていますが、都市型の医療では、「ファミリークリニック」であることの利点を強調すると同時に、それを裏付けする「家庭医療専門医」などの資格がないと難しいのでは、と思っています」などとお話をした。


しばらくG先生とお話しした後に、G先生から、


「ほーちゃん、実は俺、そろそろ大学を辞めようと思ってんねん。訪問診療を中心としたクリニックを開業しようかなぁ、と考えてるねん。急変時の後方ベッドはこれまでのつながりでST病院におねがいできたらと考えててん。ただ、一人で訪問診療のクリニックを開くと24時間365日拘束となってしまうから、一緒にしてくれる人を探してて、ほーちゃんやったら信頼できるなぁ、と思って、声を掛けようと思ったんや。でも、ほーちゃん、今のところでいい感じで仕事をしてるみたいやし、それを壊してまで、とは思ってないから、ほーちゃんは今の職場で頑張って」


とお話ししてくださった。


診療所を離れる直接原因は「給料」のことだったが、遠因としては、「私はこの診療所を引き継ぐだけの度量も能力もないです」と、現理事長のお願い(これは多分初代理事長の恩師も期待してくれていたであろうことも分かっていたのだが)を固辞したことである。個人的には、役職のない、平の医局員として、コツコツと自分の仕事をするのがいい、と思っている。なので、ありがたいことではあるが、G先生のご期待には沿えない。


申し訳ない、と思う一方で、そこまで私をかっていただいて、ありがたいことだ、と思った次第である。

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