第281話 ビビりすぎでちょうどよい。

水曜日の午後の時間外、外来から「発熱外来の方、結果が出たのでお願いします」と連絡を受けた。


当院の発熱外来は、以前繰り返し書いたことだが、動線の分離ができないこと、これまでも少ない医師でギリギリ仕事を回していたので、発熱外来専従の医師が用意できないことから、予約制で1日6名(6家族)の対応しかできない。枠を広げようといろいろと手は考えてみるのだが、現実的には、建物の構造、病院の立地、スタッフの人員数から、これ以上は増やせないのである。


発熱外来は、当日のAM8:30から電話予約を開始するのだが、そんなわけですぐに埋まってしまう。それとは別に、感染の危険性のある職員(熱や咽頭痛を訴える職員)であったり、たまたま普通の外来に受診に来たけど、「いつもの薬のついでに、どうも昨日から風邪を引いたみたいで一緒に診てほしい」なんて人もそれなりに来る(どうしても高齢の患者さんが多いため)ので(かかりつけの方なので、無礙にはできない)、発熱外来に予約した人以外にも、対応せざるを得ないことが多い。


閑話休題。発熱外来で受診された方は、原則隔離されている(という名目の)別室に待機してもらい、この時期は前もって、COVID-19+インフルエンザ抗原検査を受けてもらっている。その結果を見てから、医師が対応するという流れになっている。


今回の患者さんは、抗原検査はインフルエンザもCOVID-19も陰性だったとのこと。ただ、症状が強くてしんどいので、しっかり診てほしい(発熱外来の患者さんの中には「COVID-19に感染しているかどうかだけ分かればよい」という人も多い)と希望されている、とのことであった。


外来でカルテを確認すると、患者さんは20代前半の男性。5日前から誘因なく軽い咽頭痛と38度後半の発熱が続いている、とのことであった。特記すべき既往歴はないとのこと。情報を確認して、発熱外来の待機室(患者さんの待っている部屋)に向かう。


「こんにちは。時間外外来担当の内科 保谷と言います。5日も熱が続いているようでしんどいですね」

「はい、熱が高くて、身体が何とも言えずだるいです」

「わかりました。症状の始まりから今までの経過、お話を聞かせてもらっていいですか?」


と病歴を確認する。やはり誘因なく5日前からそれなりに倦怠感の強い38度後半の発熱が出現し、改善しないとのこと。咽頭痛はあるが、少し気になる程度で嚥下などに問題はない。嗄声もない。鼻汁や咳嗽は全くない。腹部の症状もなく、食欲は減退。嘔吐、下痢はなし。すこし排尿時に痛みがあるような気がする。関節痛はない、とのことだった。


身体診察も行なう。外観はそれほど重篤感が強いわけではない。結膜に貧血、黄染なし。咽頭に発赤なく、扁桃腫大なし。扁桃に膿栓の付着なし。頸部リンパ節の腫脹圧痛なし。甲状腺の腫大なく圧痛なし。心音、呼吸音に異常なし。CVA領域に叩打痛なし。明らかな皮疹を認めない。


う~ん、身体所見もあまりはっきりとしたものはなさそうである。


「お身体を見せてもらいましたが、特に熱の原因を示す所見はありませんでした。熱の原因を探すために、胸のレントゲン、おしっこの検査、血液検査をさせてください。発熱外来の待合室ではなく、普通の待合室で待ってもらってよいですよ」と伝え、カルテに所見と検査の指示を書き、検査に回ってもらった。当院での血液検査は、どうしても小さい病院なので、院内緊急で可能な検査項目は限られている。とりあえず、緊急検査の結果を見て、必要があれば、外注に提出しようと考えていた。


結果が出るまでの間に、別の発熱外来の患者さんを診察し(この人はCOVID-19と診断されたが、保健所に発生届を提出する条件を満たさない人だったので、対症療法薬と種々の注意事項を説明し、陽性者登録センターへの登録法を説明し、10分程度の診察時間で終了となった)、患者さんの結果を待った。時間のかかる検査から先に回ってもらうので、採血→検尿→レントゲン、と検査に回ってもらい、結果はこの逆に帰ってくる。


胸部レントゲンは正面、側面の2方向でオーダーした。健診など、普通は正面像だけを取るのが一般的ではあるが、胸部レントゲンの基本は、立位で正面像、側面像の2方向である。胸部レントゲンは特記すべき異常を認めなかった。不自然な心拡大もなし。これは予想通りの結果である。


次に検尿結果が返却され、頭を悩ませることになった。検尿一般項目ではウロビリノゲン(+-):これは正常、潜血(2+)、たんぱく(-)、糖(-)、沈査(尿を遠心分離し、沈殿した細胞成分や結晶成分を顕微鏡で確認する検査)ではRBC 10-19/H、WBC 1-4/H、硝子円柱(+)という結果だった。


高熱時にタンパク尿が出ることがある、とどこかで聞いたように記憶しているが、高熱で潜血が出ていただろうか、よく覚えていない。病的に尿潜血のみが出ているのなら、IgA腎症だろうか?自分で検鏡していれば、赤血球の形で、糸球体由来の赤血球なのか、それ以外の部位からの出血なのかアタリが付くのだが、技師さんに確認することまで気が回らなかった。潜血のみ陽性で白血球尿は見られていないので、腎尿路系の細菌感染ではないこと、ただし腎尿路系に何かのトラブルがあることは推測できた。


そしてまたしばらくたって、院内至急の採血項目が返却された。CBC(全血球算定:白血球、赤血球、血小板それぞれの数を算定する検査)はいずれも基準値内。CRP(C反応性タンパク:体内の炎症状態を反映する)も1.0と低値であった。細菌感染症で5日間も38度台の発熱が続けば、到底こんな値では済まない。その他の項目はいずれも基準値内だったが、ただ一つ、LDH(乳酸脱水素酵素:体内のすべての細胞に含まれる酵素。この値が高ければ、体のどこかの組織が不自然に破壊されている、あるいは不自然な新陳代謝を起こしていることを意味する)だけが、384(基準値は250程度)と高かった。


LDHの高値は、採血時に血液の細胞が壊れても(溶血)上昇するが、もし溶血なら電解質のカリウムも上昇するはずである。どうも溶血らしくない。


腎臓に何らかの障害をもたらす発熱性疾患、と考えると全身性のものでは血管炎なども鑑別診断に上げなければならない。ただ、排尿時痛があるとのこと。発熱外来には診察用ベッドがない(置く場所がない)ので、直腸診ができず、前立腺の評価はできなかった。もちろん急性前立腺炎もCRPは跳ね上がり、ひどい頻尿を訴えることが多いので、可能性は低いと見積もった。


患者さんを呼び入れ、結果を説明。


「血液検査、尿検査、レントゲンを受けてもらいましたが、現時点では単純に何か体の中に病原となるものが入って来て出ている発熱、とは言えない状態です。腎臓も、血尿が出ており、全身の血管などの炎症が熱の原因になっている可能性や、LDHが高いので、血液などが関連する病気も考えられます。今日採血した検体を検査センターに提出します。私は土曜日に外来をしているので、土曜日の外来に、熱が出ていても落ち着いていても受診してください。結果説明と、その時の状況で対応を考えます」と説明した。


今回も不適切使用ではあるが、急性前立腺炎を鑑別に上げているので、LVFXと、アセトアミノフェン1.8g 分3を処方し、いったん帰宅してもらった。


そして土曜日に患者さんは再診された。診察前に外注の検査項目を確認する。当院では白血球分類が至急では出ないので、異常がないか確認。好中球は48%とやはり細菌感染を疑うものではなく、単球が10%とやや上昇していたが、芽球(白血病細胞)や異形リンパ球(高度に活性化されたリンパ球)、異常リンパ球(リンパ性白血病などでみられる悪性のリンパ球)は全く認められなかった。となるとLDH上昇は血液疾患の可能性は低くなるか?血清フェリチンも基準値内であり、血球貪食症候群や成人発症Still病ではないようだ(Still病のような熱の上がり下がりも、皮疹もなかったからもともと否定的ではあったが)。血管炎を考え提出した抗核抗体、ANCA関連抗体も陰性で、血管炎も考えにくかった。可溶性IL-2レセプターは600台と基準値を超えていたが、この程度の上昇では「免疫系が活性化されているなぁ」くらいしか言えない(悪性リンパ腫なら、1500は超えていることがほとんど)。


検査センターから返却された用紙には、前回の院内緊急項目の数字が書き込まれていないので、それを手書きで書き写し(そうすると、1枚の紙で前回の採血結果がまとめられて、患者さんに分かりやすい、と思っている)、準備を整えて、患者さんを診察室に呼び込んだ。


「おはようございます。その後、体調の方はどうですか?」

「熱は相変わらず38度台が続いています。体のだるさも続いています」

「体調は前回と比べ、悪くなってます?横ばいですか?ちょっとましになってますか?」

「感覚としては良くも悪くもなっておらず、横ばいです」

「前回受診後、新たに何か症状が出てきましたか?」

「特に新しいものはないです。前回と同じように、少しのどが痛くて、身体がだるくて食欲がなく、熱が高いのが続いています。症状は横ばいです」


私は、患者さんご自身の感覚を結構重要視している。仮に感染症、特に細菌感染症であれば、治療が効けばよくなり、効いていなければ悪くなるので、細菌感染症であれば答えは「よくなったように思います」か、「調子は悪くなってます」のどちらかになる。「横ばいです」ということは、少なくとも細菌感染症ではない、ということを強く示唆していると考えた。なので、急性前立腺炎も否定的、ということである。


「もう一度お身体を診察させてください」と伝え、身体診察を行なう。


体温は38.3度だが、血圧は安定。結膜に貧血、黄染なく、点状の出血斑も認めず。咽頭は発赤なく、扁桃の腫脹、発赤は認めず。ただ前回はなかった膿栓がわずかに付着していた。頸部リンパ節は右に1cm大の圧痛を伴わない後頚リンパ節を一つ触れた。心音、呼吸音に異常なく、CVA叩打痛も認めなかった。


「お身体の所見は、水曜日と変わらないように思います。検査センターからの結果も帰ってきましたが、心配していた白血病や自分が自分の体を攻撃する膠原病などの可能性は低そうです。このようにだらだらと高熱が続く病気の中には、ウイルスがかかわるものもあります。今日は前回との比較のための血液検査、検尿と、だらだら続くウイルス感染症の中でも、EBウイルス、サイトメガロウイルスと、初発症状がこのような訳の分からない熱が続くこともあるHIVについて、検査をさせてください。今日の結果を見て、必要であれば、大きな病院での診察も考えますね」とお伝えし、血液検査、検尿に回ってもらった。


検査室が混んでいるのか、なかなか結果が返ってこず、その間、ヤキモキしながら、他の患者さんの診察を進めていった。普段なら30分ほどで出そろうはずなのだが、1時間近くかかって、ようやく検査結果が出そろった。


CBCは白血球3500と減少しているが、血小板数は問題なし。CRPもやはり1.5くらいで上昇はほとんどないと判断。肝機能、腎機能、電解質とも異常値はなかったが、LDHは485と前回よりも上昇していた。検尿は潜血(+)、タンパク(+-)、糖(-)、ケトン(-)、沈査もRBC 10-19/H、WBC 1-4/Hだった。


LDHの上昇する熱源不明の発熱で、腎臓にも影響を与えている発熱である。これはあまりうちのような小さな病院で引っ張るべきものではないと判断した。


患者さんのもとに向かい結果を説明する。


「今日の検査でも、やはり血尿は続き、血液検査でも『LDH』という、身体の細胞のどこかが不自然に破壊されたときに上昇する数値が、前回よりも上昇しています。現時点で「この病気」と診断はできませんが、「よくあるばい菌やウイルスが体の中に入り込んで熱を出している」というわけではなく、体の中で、不自然なことが起きており、その影響での熱だと思います。市内の大学病院に「総合診療科」という診療科があり、このような「何かを受診すべきか分からないけど、大学病院レベルの医療が必要」な方を受け入れている診療科があるので、そちらに紹介状を作成して、受診してもらおうと思います。今日は土曜日なので、予約の調整は週明けになりますが、予約が取れたら連絡を差し上げますので、受付に紹介状と予約票を取りに来てください。今日の採血結果を見ても、抗生物質は不要なので、解熱剤だけ追加し、あとは大学病院にお任せしようと思います。こちらでの採血や検尿の結果なども紹介状に同封しておきますね」と伝え、外来診察終了後に紹介状や検査結果などをそろえて外来看護師さんに渡し、地域連携室から大学病院に予約を取ってもらうこととした。


多分、ウイルスの検査で何か引っかかるようにも思うのだが、無理して引っ張る必要はない。患者さんの診断を早くつけて、患者さんに元気になってもらうことが一番大切である。患者さんの様子を見ると、もう一度こちらで再診、というのも可能だとは思うが、高次医療機関への紹介は、必要と思ったらさっさと行った方がよい。ビビりすぎぐらいでちょうどよいと思っている。


熱源検索、あたりが付かなければ私が研修医のころは腫瘍・炎症シンチとしてGaシンチを行なっていたが、今は、PET-CTが不明熱の熱源検索に非常に有用とされている。大学病院ならPET―CTを行なうのかもしれない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る