第280話 ちょっと「モヤッと」

私の勤務している病院は、医師の勤務時間は原則、9:00~17:00となっている。その一方で、当直医は18:00~翌8:00となっており、前後1時間の空白がある。なので、朝の1時間を埋める医師は「早出」として扱われ、勤務時間が8:00~16:00となる。夕方の1時間を埋める医師は「居残り」という形となり、勤務時間が9:00~18:00となるので、「居残り手当」が付く。早出の人が、仕事に追われて17:00まで残業しても、残念ながら残業代は付かない(なんで?)。と、そのような勤務体系になっている。朝夕の1時間の空白を埋める人は、その間に起きた「医師」を必要とする出来事について対応することになっている。


金曜夕~土曜朝の当直は常勤医が行なっているので、土曜の早出はないのだが、病院から自宅が近いこと、年が若いこと、基本的に7時から仕事をしていることなどが理由で、火曜日~金曜日の早出は私が担当している(月曜日は私はお休み)。


COVID-19が流行しており、ほぼ毎日、どこかの部署の誰かが「発熱した」「のどが痛い」など、症状を訴えてくる。発熱外来とは別枠で、職員は午前の診察の始まる前に検査を行ない、COVID-19やインフルエンザに罹っていないかを検査している。


私の午前の外来担当日は火・木・土だが、9:00の診察開始の10分前には外来に降りてくるようにしている。検査データと心電図、放射線科の画像が確認できる院内LANのPCを立ち上げ、それぞれのソフトを起動、とっても遅い文書作成用のノートPCの立ち上げ(やはり、Cerelonでは力不足だ)、自分用の診察セット、メモ用紙、関数電卓とスマホを所定の位置において、自分の診察しやすいように診察机を整えるのだが、ここ最近は特に、外来に降りると「先生、職員さんの抗原検査の結果が出たので、発熱外来での診察をお願いします」と、診察開始前に職員の診察をお願いされることが多い。外来担当だししょうがないよなぁ、と思いながら、通常診察開始前に職員の診察を行なっていた。


昨日の金曜日は午前診も訪問診療もない、午前中は新規入院患者さんの受け入れ、病棟の急変対応以外はdutyのない、スペシャルな日なのである。ここで、書類が溜まっていればさばき、机の上が乱雑なら片付け、勉強すべきものがあれば勉強する、という時間になっている。木曜、金曜日の午後は毎週、自分の担当患者について医師、病棟看護師、栄養士、薬剤師、MSW、在宅部を交えて医師が一人ずつカンファレンスをしているのだが、私は金曜日にあたっているので、そのカンファレンスの準備も金曜午前の仕事である。


さて、昨日の話。8:30頃に感染対策委員長から連絡があった。「職員が発熱しているので、通常診察の開始前に診察をお願いします」との依頼だった。私は一瞬戸惑った。というのも先に述べたとおり、通常診察開始前に職員の発熱者の対応を「外来担当医」として行なっていたからである。


「えっ?なんで僕ですか?」

「えっ?先生、今日早出でしょ。だから連絡したのですよ」

「はぁ、外来診察開始前の発熱した職員の対応、私が外来の時は「外来担当医」ということで私に回って来ているんですが…。」

「いや、そこのルールがどうなっているのかわかりませんが、外来診察開始までまだ時間があるので、早出の先生にお願いしようと思って…。外来を待つように、ということなら待ってもらいますが…。」

「いや、いいですよ。午前診開始まで時間がありますから、今から診に行きます」

と電話を切って、心の中はすこし「モヤッ」としたものを抱えながら外来に降りた。


普段は「外来担当医」として私にその仕事が回って来ているのに、外来日でなければ「早出医師」として対応してほしい、と私にその仕事が回ってくる、この「ダブル・スタンダードな状態」に「モヤッ」としたのだ。


発熱外来の入り口では、感染対策委員長が「先生、すみません」と申し訳なさそうにされていた。

「いや、こちらこそ申し訳ないです。大丈夫です。診察しますよ」

と、委員長に声をかけて発熱外来に顔を出す。発熱していた職員は、普段から私の外来に薬をもらいに来ている病棟看護師さんだった。いわゆる「かかりつけ」の方である。最初から、「普段先生が見ておられる〇〇さん、発熱外来に来られているので診てください」と言ってくれれば、モヤモヤせずに済んだのに。


「〇〇さん、熱も高いみたいですし、咳もひどいと聞きましたが」

「先生、昨日の晩からしんどくて…」

「鼻水や鼻詰まり、のどの痛みはどうですか?」

「それはないです。熱が出てしんどいのと、咳がひどいです」


とのことだった。鼻汁や咽頭痛がない、となると、COVID-19を含めたいわゆる「風邪症候群」ではなさそうだ。ちょうどCOVID-19常温核酸検査法(ID-NOW)の結果も届いたが、COVID-19は陰性だった。抗原検査の結果を説明し、身体診察を行なう。外観はsick、咽頭は発赤なく、扁桃腫大なし。頸部リンパ節の腫脹、圧痛を認めず。発熱外来は半分オープンスペースなので、服の上からの診察(セーターなどの下に聴診器を入れ、薄手の服の上から聴診)になったが、胸部にラ音を聴取しなかった。


印象としては、聴診ではっきりしないけど気管支肺炎が心配である。インフルエンザの可能性も高く、インフルエンザ抗原検査をするにも適切なタイミングであった。ということで、血液検査とインフルエンザの抗原検査を指示し、結果が出るころにもう一度外来に降りてくることにした。


医局に戻ると、訪問診療中の方が、左の上下肢の動きが悪く、自宅での介護が難しいので入院させてほしい、との依頼が入った。


患者さんは80代後半の男性。アルツハイマー型認知症で数年来訪問診療中の方である。認知症はそれなりに強く、何度も同じ話を繰り返し、何度も同じ答えをしなければならない方である。発症は3日前の夕方から。なんとなく左手足の動きが悪いように奥様が感じられていたそうである。寝たら治るかな、と思っていたが、ちょっと前日より動きが悪くなった、ということで訪問看護師さんに連絡がいき、訪問看護師さんが臨時訪問。やはり左上下肢の動きが悪い、とのことで依頼があり、2日前に時間外外来で私が対応していた。


身体診察ではごく軽度の左不全マヒがあり、頭部CTでは、加齢のため無症候性脳梗塞変化が散在し、アルツハイマー型認知症で脳萎縮もひどく、病変として怪しそうな内包あたりには、有意な病変を認めなかった。出血性病変はなく、麻痺も軽度であり、おそらく右放線冠、あるいは内包付近のラクナ梗塞と診断した。


当院に最初の連絡があった時点で、半日以上の時間が経っており、梗塞巣の再灌流などは適応外と判断し、高次医療機関への紹介は不要と考えた。また認知症がひどく、おそらく入院不適応を起こし、転倒防止のためmajor tranquilizerを入院させるなら使わざるを得ず、それはかえって本人のADLを落とすだろう、と考え、抗血小板薬を処方し、自宅療養としていた。ただ、その翌日も左上下肢の筋力低下が進み、高齢で小柄な奥様では介護が困難、とのことだった。


入院不適合を起こしたり、転倒骨折となる可能性は高いが、主介護者が「介護できない」というなら致し方ない。患者さんの来院時刻、入院病棟を確認し、入院指示の書類を医局に上げてもらうようお願いした(当院は紙カルテなもので)。


そんなわけで、バタバタしているうちに検査結果が出そろった。高熱と咳嗽はひどいが、血液検査は貧血がある(以前から結構な小球性低色素性貧血があり、貯蔵鉄も低地であり、鉄欠乏性貧血と診断、鉄剤内服中)くらいで、白血球増多やCRPの上昇も認めなかった。もちろんインフルエンザ抗原検査も陰性だった。


第一に、現在子供たちで流行中のRSウイルスやヒトメタニューモウイルス感染症を考えた。ただ、異形肺炎については気になり、不適切使用と理解しながら、LVFXとアセトアミノフェンを処方してしまった(恥)。


発熱の患者さんを診察し終わるも、落ち着かずにバタバタし、本来は多少優雅であるはずの金曜午前がつぶれてしまったのは残念だった。


そして、モヤモヤも、あまりスッキリしていなかった。が、少し頭を冷やして考えてみた。


職員の午前診察開始前の診察を「早出医師」が担当する、と決定してしまうと、火曜~金曜までは、すべて私が対応することになってしまう。金曜日は大丈夫だが、その他の曜日は9時からdutyが始まるのでちょっと困ることになる。外来担当医が対応する、ということにすると、ケツカッチンで次の仕事があるわけではないのでスムーズではあるが、週に3回は私が引き受けることになってしまう。


なんだ。早出の医師が担当しようと、外来医師が担当しようと、結局は私が対応することになるじゃないか、ということに気が付いた(早出医師担当とすると週4回、外来担当医担当とすると週3回。大した違いはない)。


そういう星の巡りあわせだ。しょうがない、ということにしておこうと思う。

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