第245話 ホッとした。

前文の続きである。


今回は久々の救急車同乗だった(多分、今の勤務先に来てから2回目かもしれない)。COVID-19患者さんの転院、とあらかじめ分かっていたので、救急隊も完全防備で来棟。ストレッチャーはオープンだった。こちらはPPEをきっちりつけて準備。救急隊と看護師さんで、患者さんをベッドからストレッチャーに移動させる間、私はたくさんの荷物、薬を持ちながら点滴路に注意を払い、点滴を抱える。そして、フル装備の救急隊の人たちと私で、病院裏につけた(いつもの救急車搬入口は待合室を通るので、動線が重なるため使えない)救急車に移動した。


救急隊に接触した時、隊長から、「先生、帰りはどうなさいますか?」と尋ねられた。「今着ているPPEを搬送先が処分してくれるなら、タクシーで帰ります」と伝えると、隊長から、「ありがとうございます。実はこの後、もう一件、COVID-19患者さんの搬送予定が入っているのです」とお礼を言われた。以前勤めていた診療所を所轄する救急隊は対応がもう少し冷たかったので、気を使っていただいて帰って申し訳ない思いがした。隊長からは、「たぶんそこの病院なら、先生のPPE、引き取ってくれると思います」とのことだった。


救急車内は運転席と患者さんを搬入するエリアは完全に仕切られており、さらに患者さんのストレッチャーを乗せる場所はビニールの覆いがされていた。長く使われているのだろう、一部破れていて、布テープで補修されているのはしょうがない(多分このビニールの覆い、いくつもジッパーがついていて、患者さんの身体にアクセスできるように作られているので、高価なものなのだろう)。


患者さんを車内に収容し、血圧計、パルスオキシメータをそのビニールを介して患者さんにつけ、閉めるべきジッパーを閉めて、搬送先に連絡し、こちらを出発した。出発と同時に、患者さんが咳き込みだし、気管切開チューブから多量の喀痰が噴き出してきた。急いで隊長に吸引の用意をしてもらい、吸引処置を私が行う(このための医師の同乗)。吸引し、ある程度の喀痰が取れると患者さんの呼吸も平静に戻った。


救急隊は3名で構成されており、救急隊長、救急員、救急機関員(ドライバー)となっている。救急車に同乗すると、隊長が基本的には患者さんのそばにいるのだが、患者さんの頭の方に位置して、患者さんの全身(つまり進行方向とは逆を向いて)観察していることである。私は車酔いをする方なので、同乗すると、患者さんの胸の横辺りに座り、患者さんの様子を見つつ、何とか見える場所を探しては、外の景色を見るようにしている(そうしないと車に酔ってしまう)。救急隊長、立派である。


さて、そんなわけで、少しばかり外を見ているので、おおよその救急車の位置がわかる。全く見知らぬ土地への搬送でなければ、ある程度の土地勘はあるので、こまめに患者さんに「半分くらいまで来ましたよ」「もう80%くらいのところまで来ましたよ」「もうすぐですよ」と声をかけるようにしている。患者さんはストレッチャーで基本的に真上を向いているので、多少なりともどこまで来ているのか分かれば安心されるだろう、という思いと、患者さんに声をかけた反応を見て、患者さんの状態を観察しているのである。


救急車にとって鬼門の一つが「踏切」である。いくらサイレンを鳴らしていても、踏切が閉じていれば、電車が通り過ぎるまで進めない。本当に一刻を争うときに踏切で引っかかるとモヤモヤしてしまう。今日も2,3分ではあるが、踏切に引っかかってしまった。ただ、こればかりは如何ともしがたい。救急車の通れる道で、踏切ではない立体交差のところを通ろうとするとずいぶん遠回りになってしまうからである。このあたりの地域、この鉄道が悩ましいところである。


踏切以外はスムーズに移動ができ、目的のM病院に到着した。スタッフは外に出てきていて、吹きっさらしの場所で患者さんの受け渡しが行われた。寒いこの時期ではあるが、エアロゾル発生による感染を予防するためには、吹きっさらしの場所が最適である。患者さんの荷物や紹介状を受け取るスタッフと、患者さんに対応するスタッフとに分かれており、患者さん引き継ぎのための自分の覚書も含めスタッフにお渡しし、その場でPPEを外してそれも引き取ってくださった。わずかに「よろしくお願いします」の言葉だけで引継ぎを終え、患者さんは救急外来に入っていった。


引継ぎ場所を離れるときに隊長から、「ありがとうございました。お疲れさまでした」と声をかけていただいたが、それを言うのはこちらの方である。「こちらこそありがとうございました。この後も任務、お気をつけてください」とお伝えした。


そして私は、白衣(PPEの内側)のポケットに入れておいた新しい不織布マスクをして、病院玄関からタクシーを依頼し、(当然)寄り道をせずに帰院した。


帰院してからも、本日発熱した訪問診療を担当している方が発熱をしている、と訪問看護師さんから午前中に報告があり、各種検査をお願いしていた方がCOVID-19陽性であることがわかり、電話でKey Personの方に結果報告と、ラゲブリオ使用の承諾をもらい処方したり、病棟の患者さんの指示を書いたりなど、戻ってからも席に落ち着く暇がなかった。


今(15:30)、ようやく落ち着いたが、もうすぐで私の退勤時刻である。救急車に同乗する、という非日常のことがあると、なぜか大した仕事をしていないのに、結構仕事をした気分になるのは不思議である。


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