第212話 お身体は限界だったのだろう。

先ほど、俳優の渡辺 徹さんが61歳で亡くなられた、とのニュースを見た。子供のころ、俳優としてデビューしたての渡辺さんは颯爽とした風貌の二枚目でものすごくかっこよかったが、それからしばらくして、別の番組に出演された渡辺さんはぽっちゃりしていて、子供心に「あれっ?同じ人?同姓同名の別人?」としばらく本気で思っていた。


30代から糖尿病を患っていたとのこと。食べるのがお好きな方だったようで、いつぞや、奥様の榊原 郁恵さんが、たしか「徹子の部屋」でお話しされていたように記憶しているのだが、渡辺さんが、よく安物のお弁当に入っている赤いウインナーを食べたい、と郁恵さんにリクエストされたそうである。郁恵さんがいくつかお店を回っても、たまたまなのかその赤いウインナーが置いておらず、しょうがなく赤くないウインナーを食卓に出したそうである。食卓に着いた渡辺さんは、しばらく固まった後で、「俺はあの「赤いウインナー」が食べたいんだよ!」と大声を出して食卓から出ていったとのこと。もちろんしばらくして頭を冷やした渡辺さんが郁恵さんに「ごめんなさい」した、というエピソードをお話しされていたように記憶している。


食事制限は糖尿病治療の基本であり、根本でもあるのだが、これを厳格に守り続けるのは難しい。食欲は私たちの根源的な欲望であり、それを自制するには強い精神力を必要とする。私は今、炭水化物を減らす、おやつを食べない、という形でプチダイエットをしているが、それでも結構続けるのは難しい。


私の父は16歳で糖尿病を発症した。母も父のために厳格に食事療法を行なっていた。私は今でも「父は紳士」だと思ってはいるが、一度、私の勉強机の引き出しに、こっそり食べようとしていたアンパンを父が入れていて、たまたま私が引き出しを開けて気づいたことがあった。もちろん母にそのことは黙っていたが、父も欲求と理性との間で長年戦っていたことを覚えている。


コントロール不良の糖尿病は、どんどん人の寿命を削っていく。30代から、という事なので、30代、40代のころはおそらくあまりよい血糖コントロールではなかったのであろう。ただ、それをどうこう言うことはできない。「食事制限」という自分との戦いに毎日勝ったり負けたりしながら過ごしておられたのであろう。


最近は人工透析も受けておられたそうである。おそらく糖尿病性腎症からの人工透析だと思うが、一つは、人工透析を行なう上で、さらに食事制限は厳しくなったと思う。もう一つは、糖尿病性腎症で透析を受けておられる方の生命予後は不良である。早い人は半年程度で命の終わりを迎える。1年、2年と透析を続けられる人は、厳しい制限を何とか守ってこれた人である。


という事で、お身体はもう寿命を迎えていたのかもしれない。今回の感染、敗血症がなかったとしても、そう遠くはない時期に旅立っておられたのでは、と思う。


もう一点は、腸管感染症の怖さである。発熱、腹痛を主訴に受診され、当初は細菌性腸炎として入院された、とのことである。現実問題として、食べ物から感染する細菌性腸炎を来たす細菌として、サルモネラ、病原性大腸菌の一部、エルシニアなどは腸管から血液に移行する。


あるいは透析の影響で腸管の血流が障害(虚血)され、そこに細菌が感染し、強い炎症を起こせば、腸管内の細菌が総まとめで血流内に入り込む”Bacterial translocasion”という状態を起こす。一気に大量の細菌が腸管から血液内になだれ込めば、非常に危険な状態となる。「敗血症」はまさにその状態である。全身状態が悪くて、Bacterial translocasionを来たした方、何例も見ているが、ほとんどは救命できない。それほど腸管内は菌で一杯なのである。


あまりに早い、と思ったり、抱えている病気を考えれば、これが寿命だったのかなぁ、とも思う。ちなみに私の父は、16歳で糖尿病を発症し41歳で亡くなった。発症して25年か。渡辺氏も発症から30年、やはり寿命だったのかもしれない。


渡辺 徹さんのご冥福を心からお祈り申し上げる。ご家族のご心痛が少しでも和らぐことを願っている。

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