第176話 どうか、文句を言うのはやめてほしい
どうも今年は2019年以来久しぶりにインフルエンザが流行しそうな気配である。と同時に、COVID-19も感染者が増え始め、同時感染者も出ているようである。インフルエンザとCOVID-19の同時感染となれば、イギリスでの報告では人工呼吸器装着リスクは4.14倍、死亡リスクは2.35倍になる、とのことである。
明日から当院の発熱外来では、COVID-19とインフルエンザを同時に検出する抗原検査キットを使用開始する予定となっている。ただ、一番問題となるのは、発熱外来の枠が全く足りない、ということである。現在、当院では発熱外来は設備の都合上最大でも1日6枠しか設けられない。本来なら、発熱外来の待合室には一人(あるいは一家族だけ)にしたいのだが、COVID-19陽性と診断されると薬局にも行けなくなるので、薬局から病院に薬を届けてもらう必要がある。そんなわけで、薬を待っている間に次の時間枠の患者さんが来てしまい、待合室にCOVID-19陽性患者さんと、未診断の患者さんが一緒にいる、ということになってしまうのがしばしばである(ちなみに、発熱外来枠は1時間に一人(一家族)と設定しているのだが)。「必ず10時に来てください」と予約を取った患者さんが10:30くらいに来ることが比較的多く、検査を行なうのに15分ちょっと、診察と結果報告に5分、処方箋を書いて薬局に処方箋を送り、薬を持ってきてもらうのに20分くらいかかる、ということになると、次の「必ず11時に来てください」という患者さんが時間通りに来ると、上記のような事態になるわけである。11時枠の患者さんが、COVID-19らしくない発熱患者さんで、検査も陽性、となってしまえば、待合室での感染リスクは無視できない。マスクをつけて、衝立を立て、背中向きになってもらっているが、エアロゾル感染なら、不織布マスクをつけていても、感染リスクをなくすことはできない。
インフルエンザとCOVID-19、臨床症状では区別できない。なので、必然的に検査を行なうことになるが、現状ではあっという間に発熱外来は溢れてしまう。
ネットを見ていると「死亡率も下がってきたのだし、さっさとCOVID-19をインフルエンザと同様の5類相当にして、どこでも診察を受けることができるようにすればよい。そうすれば医療崩壊はしないはずだ。COVID-19を診察しないのは開業医の怠慢だ」という意見も散見する。第7波の現実をあまりしっかり見ていない意見だなぁ、と個人的に思っている。
第7波では、医療機関においては「自院で発生したCOVID-19患者については、高度な救命治療が必要でない限り、自院で対応すること」と通知が出ており、自院の病棟入院患者、訪問診療患者などは、自院の能力を超えた治療を要する場合以外は、自院に入院させて管理するようになっている。COVID-19ほどの感染力を持つウイルスであれば、患者さんが一人入院するだけで(もちろん隔離対応しているが)、ほとんどの場合、病棟内でクラスターが起きる。第7波では、院内クラスターだけではなく、日常生活の中での感染も多かったので、医療を提供するスタッフが「家族から」感染したり、「家族が感染」して、「濃厚接触者」となり、戦線離脱することが非常に多かった。
なので、「どのクリニックでも診ろ!」と強制をかけると、開業医のクリニックはほとんど医師一人、看護師さん数名、医療事務数名で回していると思われるので、ほとんどのクリニックが「スタッフがCOVID-19発症のため、休業」ということになってしまうだろう(今のCOVID-19の感染力を舐めてはいけない)。また、普通のクリニックで、COVID-19患者、インフルエンザ疑い患者、そうでない定期診察の患者、気道系感染症とは異なる症状で受診した患者をそれぞれ分けるスペースも、別々に診察する場所もないわけである。「密」が何よりも感染拡大の原因になっていることが分かっているので、数多くのクリニックが原因となるクラスターが発生することも容易に予想できる。
おそらく、COVID-19を5類相当として扱えば、開業のクリニックはほとんどがスタッフの感染による休診となり、5類相当とする前より受診できる医療機関が減ること、クリニックを含めた医療機関が起点となるクラスターが多発し、第7波より大きな感染者数を出すこと、定期受診で来られた高齢者がクラスターに巻き込まれ、高齢者の死亡が増えることが容易に推測されるわけである。厚生労働省が指針を出し、低リスクの若い人は、なるだけ医療機関を受診せずに済ませるようにしているのは、そういった意味であると思われる。という点で、「5類相当に引き下げて、どの医療機関でもCOVID-19に対応できるようにすれば、医療崩壊はなくなるはずだ」と思っている人は、考えが浅いように思ってしまう。「風が吹けば桶屋がもうかる」ではないが、物事はそれほど単純ではないと個人的には思っている。
とはいえ、以前にも書いたが、発熱はコロナやインフルエンザだけではない。時に若年者でも命を落とす疾患がまるでインフルエンザやCOVID-19であるかのような症状を呈していることもありうる。そのような危険な患者さんをどのように引っかけるのか、というのも問題だろう。
この2,3日、読売新聞朝刊で、COVID-19に対応する医師の苦悩について取り上げられていた。前編は、使命感から、呼吸器内科医とタッグを組んでCOVID-19に対応していた脳神経外科医が、周囲から敬遠され、孤立していることを取り上げ、COVID-19に対応しているスタッフへのスタッフ間の偏見が取り上げられていた。後編では、誤った「感染症内科医」の使い方をして、感染症内科医が病院を退職する話が取り上げられていた。後編については、非常に示唆に富んだ内容となっていた。「感染症内科」や「病理医」などは、他の臨床医にアドバイスを与えるのが業務である。新聞でも「ドクター・オブ・ドクター」と書いていたが、「感染症内科医」の仕事は、感染症の患者を診る、という事ではなく、感染力が強いなど、注意が必要な疾患を診ている医師に対して、感染予防のアドバイスをしたり、診断のつかない感染症疑いの患者さんを治療している医師に対してアドバイスをするのが仕事である。新聞記事では、押し寄せるCOVID-19患者さんを「感染症内科医」が一人で診療しており、院長に「手が回らないので、他科の先生の力を借りたい」と申し出たところ、「他科の先生は忙しいんだよ」と言い捨てられ、心折れた、とのことだった。
当院では、おそらく中等症1までは対応できるだろうか?それに、入院患者さんも訪問診療の患者さんも超高齢で、ほとんどの患者さんが「命の危機にある時は、延命は希望しない。苦痛を取る医療を行なってほしい」という患者さんだから成り立つのだろう。
当院のCOVID-19については、それぞれの患者さんの主治医が診ている(つまり、当院の常勤医は全員COVID-19の治療に携わっている)。当院では抗ウイルス薬のベルクリー(レムデシビル)は採用がなく、抗ウイルス薬としては「ラゲブリオ」しかない。薬を飲むことができる超高齢者の方は同意を取ってラゲブリオを処方。経口摂取不可能な方については、家族と相談し、ほとんどの場合は抗ウイルス薬は使わず、対症療法としている。
病棟はそんな感じで管理せざるを得ないだろう。あとは医療スタッフの欠員がどれだけ出るかが問題である。
外来については、本当に感染爆発が起きれば、発熱外来を中止し、待合室感染を許容の上で全員を通常外来で診察していく、という形をとらざるを得ないのではないか、と思っている。おそらく、ほぼすべてのクリニックも同様の対応とせざるを得ないと推測している。それに対して、医療の現状を知らない人が、いらない文句をつけるのだけはやめてほしいなぁ、と思っている。
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