第175話 「2位じゃダメなんですか?」のその後(さすが新聞!)

スーパーコンピューター(以下スパコン)「京」が開発途上で、民主党政権の「業務仕分け」が入り、蓮舫氏の「2位じゃダメなんですか!」という発言が世間をにぎわしていたころから、ずいぶんと時間が経ってしまった(新聞記事によると2009年とのこと)。そして、一時は「京」の開発予算が凍結されたことがある。今朝の読売新聞では、その後の研究者たちの動きを追いかけた記事が載っていた。ある視点を持って、長期的な調査を行ない、まとめて記事にする、というのは新聞の利点であり、今回の記事は非常に良い記事だった。


半導体部門やコンピューターの分野については、「最先端」を求めることがその世界では「常識」であるのは論を待たない。「京」の開発者たちもその道の専門家、1位を目指すのは「疑う余念もないほど」当たり前のことであったのは想像に難くない。言わば、オリンピックで金メダルを目指してトレーニングをしている選手たちと同様である。この人たちに「2位ではダメなのですか?」という人がいるだろうか?


丁度その事業仕分けの最中に、コンピューターの専門家たちの国際学会がアメリカで行なわれていたそうである。「京」の開発者たちも学会のため、ほとんどがアメリカの学会に集まっていたそうである。そこに飛び込んできた「2位ではダメなのですか」という言葉。研究者たちはあまりの衝撃に言葉が出なかったそうである。今回の新聞記事の中心となっておられた松岡 聡氏(当時、東京工業大学教授)は「学会に集まっていた100人近い研究者たちは皆、頭を抱えていたそうである」とのことだった。


しかし、その世界の「常識」が別の世界の「常識」とは限らない。蓮舫氏の問いかけには、蓮舫氏の意図とは違うところで、大きな疑問を松岡氏に投げかけた、とのことだった。というのも、「1位を目指す」ことが当たり前の世界で競ってきたので、「2位ではダメなのですか?」という問いかけに、誰も説得力を持つ答えを持っていなかったのである。当然、その問いかけに表層的な答えしかできず、「京」についていた1200億円の予算は凍結された。その後、多くの日本の研究者が文部科学省に反論を出し、いったん凍結された予算は解除、執行され、完成当時世界一の性能を誇る「京」が完成したことはご存知のことと思う。


「京」の完成後、次世代のスパコン「富嶽」の開発に日本は取り掛かるのであるが、そのプロジェクトの一員であった松岡氏の立派だ、と思ったところは「2位ではダメなのですか?」という問いかけへの回答を「富嶽」に反映させたことだと記事を読んで感じた。


おそらく蓮舫氏は、「スパコンの開発競争」が日本の科学界にどれだけの影響を与えているか、などは考えていなかったと思う。蓮舫氏の発言は、純粋にお金だけを見ての発言だったのだろう。しかし、松岡氏は、「2位ではダメなのか?」の質問に答えられなかったことを忘れず、「何のためのスパコンなのか、何をするために1位を目指すのか」を考えながら「富嶽」を開発したそうである。


結果として、「富嶽」は計算速度で世界一となっただけではなく、操作しやすく、汎用性の高いスパコンとして、多くの研究者から利用されているそうである。


COVID-19流行の際の「飛沫拡散シミュレーション」、もともとのプログラムは、「内燃機関のシリンダー内での燃料粒子の拡散プログラム」を応用したものだそうだ。エンジンの研究が、医学に応用される、そのような汎用性を持つスパコンは、「2位ではダメなのですか?」との問いから生まれたものである、と記事ではまとめていた。


非常に良い記事であった。こう言ったところは新聞に一日の長がある、と思った次第である。

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