第126話 Bloody Birthday
そろそろ次男君の誕生日である。彼の誕生日の希望は「あのお店で焼き肉を食べたい!」というものであった。あの店、というのは以前の職場の近くにある焼き肉屋で、ネットでの食べログの評価も高い。私も高校生や最初の大学生のころは家族と一緒に焼き肉を楽しんだ店である。確かにおいしいお店なのである。職場を変えてしまったことと、COVID-19流行で、基本的に外食をしなくなったので、この数年、そのお店には行かなくなっていた。次男君は、またあのお店で焼き肉を食べたい、と希望した。希望されるからにはかなえてあげないといけない。前もって予約を取り、仕事を終え、自宅で家族を車に乗せ、お店に向かった。
道路の混雑なども考慮し、余裕をもって家を出たが、計算通りというか、なんというか、予定の時間にだんだん近づいてきた。以前にも書いたことがあるが、私は後ろに予定が詰まっていることが嫌いで、予定の時間に近づいてくるごとに、お尻がむずむずとしてくる。それでも、私の予想通り、予約時間の15分前にはお店についた。お店の駐車場は10台程度止められるのだが、駐車場は一杯だった。もちろん、それも考慮済。そこから徒歩で数分のところに大きめのコインパーキングがあることも知っていたので、コインパーキングに車を止めることにした。家族を下ろし、コインパーキングに車を止めた。
私の普段使いのメガネは、あまり目が疲れないように度数を甘めにしている。なので、車の運転をするときには、少し度数を強くした眼鏡を使っている。眼鏡を使い分けているので、自分の荷物を車の後ろに乗せていた。車を止めて、トランクドアを開け、眼鏡をかけなおし、トランクドアを閉めようとした。
その時に声をかければよかったのだが、何も考えずにドアを閉めた。残念なことに妻も、スマホを見ながら私のほうに一歩踏み出してしまった。
「痛いっ!」と声がして、妻のメガネが弾き飛ばされた。力いっぱい閉めようとしたトランクドアが、妻の顔に当たってしまったのだった。「大丈夫?!」と慌てて、家族みんなが妻に駆け寄った。
暗い中だが、彼女の手に結構な出血がついている。弾き飛ばされた眼鏡を渡し、彼女の顔を見た。大変困ったことに彼女の鼻根部に一辺1.5cmほどの三角形の弁状創ができていた。深さは皮下組織の深さ。出血も多く、慌てて私のハンカチ(タオル生地)で圧迫止血を行なった。
創は一目見て、「縫合処置が必要」とわかったが、これから、次男君が数年来楽しみにしていた焼き肉、しかも彼の誕生日祝いである。妻の治療を優先したかったが、次男君の楽しみを台無しにするのもつらい。妻は妻で「うかつだった。ごめん」と謝り、私は私で同じように「声を掛けたらよかった。本当にごめん」と謝った。1分ほどの圧迫止血で出血は落ち着いた。焼き肉を食べてから病院に行っても、受傷時間から2時間程度、外傷のGolden Hourは外していない、と考え、妻も次男の誕生日を優先したい、とのことで焼肉屋さんに向かった。途中のコンビニで絆創膏を購入し、創部を保護する。スマホで自分の顔を見た妻は、「こんなところにばんそうこうを貼っていたら目立って嫌だ。絆創膏を外す」といったが、彼女以外の家族3人(私と息子2人)が、「お母さん、生々しい傷跡をさらけ出していると、かえって周りの人が引いてしまうよ。つけておいてよ」と説得し、絆創膏はつけたままとした。
予約時間になったが、店は繁盛しているようで「少しお待ちください」とのこと。椅子に掛けながら、「この傷どうしよう…」と悩んだ。店から少し行けば、以前の勤務先がある。外来診察はしているので、担当の医師は多分縫合処置はできないが、私が縫合しようかな、でも、今は在籍していないし、確か針も4-0ナイロン(糸の太さは数字で表され、数字が大きいほど細い糸になる。4-0ナイロンは顔を縫うには太すぎで、6-0くらいが適切)しかないし、だめだなぁ。近隣の救急病院は…」などと考えていた。
座席に案内され、焼き肉を注文し、焼き肉を食べながらも、頭の中はそのことがくるくると回っていた。
全くの余談だが、私は焼き肉でよくある「焼き野菜」が好きではない。しいたけはまだよい。ピーマンは焼こうが煮ようが、味が変わるわけでもない。でも玉ねぎは「焼き野菜」として食べると、玉ねぎの辛さがより強くなってしまい、個人的には「おいしくない」と思ってしまう。そんなわけで、あえて焼き野菜は注文せず、お肉、サラダ、ご飯を注文した(のちに、妻と長男が「焼き野菜」を注文したが、私と次男は手を付けず。そういう点で私と次男の味覚は結構似ていると思っている)。
お肉を3部位×4人分とチョコチョコっと食べると家族4人は満足。お店を出ることにした。私はいろいろと考え、自宅近くの急性期病院に妻を連れていくことにした。現在通院中であり、入院歴もある。次男の具合が悪くなった時もお世話になっているし、仕事で緊急で患者さんを紹介しても、適切に対応してくれるので、信頼できる病院である。
妻が精算中に同院に電話。救急外来の看護師さんに状態を伝える。「来てもらって結構です」と返事をいただき、おおよその到着時間を伝え、電話を切った。駐車場まで歩いて行く間に「〇〇病院に行くことにした」と伝えて、家族全員で車に乗り、病院に向かう。
行きはそれなりに混んでいた道も帰りは空いており、スムーズに流れていた。あまり使わないコースで車を走らせていたので、少し方向音痴の長男が、なじみの大通りの信号についたときに「あれ~っ?こんなところに出てくるの?!」と驚いたことにはこちらが驚いた。車内は大笑い。そしてそれから数分で病院の駐車場についた。駐車場から救急外来の入り口には少し距離があるが、歩いて救急外来の玄関を入り、受付に「電話したものです」と声をかけ、ソファーにかけて診察を待つ。以前次男が頭を打ち、頭痛と嘔吐で受診(その時は次男は入院となった)したときは、受付から診察まで30分ほどかかったのだが、今回は受付から10分ほどで妻の名前が呼ばれた。「ご家族の方は入らないでください」と制止されたので、待合室で妻が出てくるのを待つことになった。子供たちと雑談をしながら妻が出てくるのを待っていると、20分ほどで縫合処置を終えた妻が出てきた。「5針縫った。麻酔してもらったけど傷を洗うのが一番痛かったよ。『洗うのが一番大事です』と言われて、何度も洗ってもらったよ」とのことだった。
適切に処置してもらえて、ほっとした。抜糸はもちろん来週とのこと。どうか傷が化膿しませんように。
診察終了後、救急外来出入り口の道向こうにあるコンビニで家族みんなでアイスを買って急いで家に帰り、アイスを食べて次男君の誕生日のお祝いはおしまい。本当に大きくなったね。妻も、災難だったけど、適切に傷の処置を受けることができてよかった。
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