第114話 なぜ「平均値」しか見ない?

今日は午後から天気が崩れたため、次男君を特別に車で塾まで送ってあげた。その帰途、いつものごとくNHKラジオを聴いていたが、「精神障害者に対する、日本が抱える問題点」というようなテーマで、識者が語っているのを聞いていた。


実際問題として、欧米諸国と比較して、人口当たりの精神科病床数が多いのは問題視されていて、一般社会の中で、いわゆる健常者とともに教育を受け、生活を営む、ということに日本はさらに注力していかなければならない、と言われている。


近代の西洋医学が日本に入ってくる前から、当然のことながら統合失調症などの精神疾患を持つ人はいたわけである。江戸時代まではいわゆる「座敷牢」というところに患者さんは閉じ込められていた。近代化した日本で、東京大学医学部の初代精神科教授(確か、岡先生という名前だったような気がするのだが(ググれよ!))が、「日本の精神病患者は二つの不幸を背負っている。一つは精神を病んでしまったこと、一つは日本に生まれたこと」と言って、それまでの「座敷牢閉じ込め治療」からの解放を図った。今から100年以上も前の言葉だが、本当に遅ればせながら、少しずつ事態は改善しつつあると私自身の初期研修医時代、精神科研修を受けながら感じたものではあるが、現実問題として、数十年と病態が安定せず入院の継続を要する人がいる。あるいは、かつての長期入院の時代の影響で、もう病院外では生活できない人もいるわけである(統合失調症の好発年齢は10代後半~20代後半だが、発症後、仮に60歳まで入院生活を続けていたとしたら、仮に病状が安定したとしても、社会システムが変わりすぎていて、とてもではないが、現代の社会に順応できない)。


という問題はいったん横に置いといて、私が気になったのは、その識者が欧米諸国と日本の精神科入院期間の差について、「平均値」で論じていたことである。「平均値の違い」がはたして日本と欧米諸国の精神科治療の違いを正しく議論できるのか?と感じたのである。


少し話は変わって、次男君の中学での3者懇談での話である。懇談は基本的には試験の後に行われるのだが、いつも先生は「学年の平均値」を中心に議論しておられた。

私や妻の通っていた中学は、あまりガラのよいところではなかったので、おそらく試験を行ない、得点の分布表を作ると、おそらく正規分布に近い形で点数が分布していたのだと思っている(その頃はそんなものは開示されていなかった)。ところが、次男君の中学は、地域性が多分に影響しており、点数の分布は正規分布どころではなく、ボリュームゾーンが90点台、そして反比例のグラフのように分布して、低得点台に小さなボリュームゾーンがある、という分布を、ほぼすべての教科で取っている。そのような分布では、「平均値」は集団の平均を表さない。にもかかわらず、成績表では成績の分布と平均点、個人の点数で結果が返ってくる。一度担任の先生(理科担当)に、「先生、この分布では平均値は意味をなさないので、中央値を出してもらえませんか?」とお願いしたのだが、後日、「すみません、中央値は出せない、ということになりました」とのことだった(なんで??)。


国が出す統計データで、国民の所得については、平均値と中央値を出してくれている。「あぁ、統計局はわかっているなぁ」と思う。厚生労働省の2021年度のデータでは、所得の平均値は547万5000円、中央値は427万円となっている。グラフを見ると平均値以下の人口は、全体の61%を占めている。なので、平均値よりも中央値の方が、より集団の実情に近いことを示している。ちなみに、所得階層で見ると、ボリュームゾーンは中央値よりもさらに低い200~300万円台であった。なので、中央値の収入をもらっている人は、集団の中では一見お金持ちサイドにいるように見える。


平均値の大きな問題は、平均値を大きく上回るような集団があると、それが全体のごく少数であったとしても、それに平均値が大きく引っ張られてしまうことである。精神科入院の話に戻すが、統合失調症などは、疾患の特徴として、ある割合で「社会生活」そのものを営めなくなる人がいるのである。これまで、日本ではそのような人は精神科入院、という形でしか受け入れる場所がなかったわけである。30年、40年と入院している人が一人いるだけで、入院日数の平均値は大きく伸びることになる。なので、本当に比較しようとするなら、そのような極端な値を外した状態で比較しなければならない。例えば、「直近5年間に発症した精神疾患患者さんの精神科平均入院日数」というような形でなければ、それぞれの国での入院期間の傾向は正しく比較できないと思う。


長くなってしまったが、日本では統計学で扱う数字の中で、とびぬけて「平均値」の知名度が高く、「中央値」であったり「四分位数」というような、他の指標があまりにも知られていないなぁ、適切に使用されていないよなぁ、また、平均値の抱える問題点も、(中学の数学でも教えていたはずなのだが)ほとんど理解されないままに使われているよなぁ、とラジオを聴きながら思った次第である。

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