第75話 マーフィーの法則

もう30年近く前か、「マーフィーの法則」という本が流行した。久々に「マーフィーの法則」と聞いて懐かしく感じる人もいるだろうと思う。

失敗やうまくいかないことを法則としたもので、「失敗の可能性のあるものは、失敗する」、「リハーサルでうまくいったことは、必ず本番でトラブルを起こす」、「失敗するときには想定される中で最悪のことが起きる」、「バターを塗ったトーストをテーブルから床に落としてしまうと、必ずバターを塗った面が下になる」などの格言のようなものを集めた本だった。一時は流行語にもなった記憶があり、私は今でも、悪い予想が当たった時には、「あぁ、マーフィーの法則だね」と言ってしまう。ちなみに、最後の「バターを塗ったトーストをテーブルから床に落としてしまうと、必ずバターを塗った面が下になる」という法則については、当時のScientific American(この日本語訳が「日経サイエンス」)に数学的証明が掲載されていたと記憶している。


当院の医局にはプリンターが置いていなく、医局で使っている個人用コンピューターは情報管理室が、同じフロアにある総務課の複合機にプリントアウトされるように設定してくれている。ところが、総務課の人は忙しくて、日中でも不在となっていることがよくある。その場合には院長室の秘書さんがカギをもっておられるので、総務課のカギを開けてもらうことになるのだが、秘書さんたちも忙しくて、本当に誰もおらず、せっかくプリントアウトしたのに、印刷物をすぐに取れない、ということが時々ある。大急ぎで送付が必要な紹介状などを作成したときは、イライラしてしまう。書類作成用のソフトを院内システムとして導入しているので、作成した書類は、他のフロアや外来のPCからもプリントアウトができ、それで何とかするのだが、病院が購入したPCはプロセッサがCeleronで反応がとても鈍く、それもイライラしてしまう。そんなわけで、書類を作成しても、プリントアウトに困ることが珍しくない。


土曜日の午後はワクチン外来担当で、8/20は外来で約60人にコロナワクチンを接種し、その後、病棟の患者さん5名ほどワクチンを接種。それと同時に日曜、月曜(月曜は私の定休日)に急変が起きそうな人について、急変時の対応について指示を出した。医局に戻ってきたのは16:25頃だった。

医局に戻ると、ワクチン外来前に依頼されていた書類をすべて片付けていたにもかかわらず、また山のような書類が机に置かれていた。


医師の勤務時間は原則9:00~17:00なのだが、他職種は8:30~16:30となっている。医局から顔を出し、総務課を見てみるとドアは開いていた。とはいえ、この時間から、この山のような書類を片付け、プリントアウトすると、仕事が終わった時には総務課のスタッフも院長室の秘書さんも帰られて、にっちもさっちも行かなくなることが目に見えていた。


「もう、こんな時間にこんなに書類を持ってこられても無理!5分でこの量の書類をさばけるわけもないし、スタッフも帰ってしまうから、プリントアウトしても回収できないし、これは来週の週明けまで保留!」とひとり言。定時が来るまでの間、家から持ってきた麦茶を飲んで、ネットで少し調べ物をして、終業時刻の17時まで時間を潰した。


定時になったので「あぁ、今週も忙しかった」と思いながら、院内PHSの電源を切り、充電器に差し込み、ケーシー(半袖タイプの白衣)を脱いで私服に着替え、眼鏡もゴーグル代わりの花粉症対策眼鏡から、普段使いの眼鏡に付け替え、PCとマウスの電源も切って、帰宅の準備をばっちり済ませて、医局を出た。ふと総務課の方に目をやると、まだ総務課のドアが開いているではないか!土曜日の17時に総務課のドアが開いている、なんてことは本当にめったにないのに。

「なんだ、総務課が今も開いているのが分かっていたら、書類仕事を終わらせておけばよかった」とがっくりした。


「総務課が閉まると思って仕事をしないときに、総務課は開いている」、というのもマーフィーの法則だなぁ、と思いながら、少し残念な気持ちでタイムカードをガチャンとして、家路につくことにした。週明けは、もう一つぐらい、同じサイズの山ができているんだろうなぁ、と少しがっくりしながら。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る