第17話 To Err is Human, To Forgive is Devine.

昨日のニュースで、とあるクリニックが患者さんに誤って医師が考えていた投与量の100倍量のモルヒネが処方され、服用した患者さんが悲しいことに亡くなられた、という報道があった。院外処方箋として処方箋が作成され、それを受け取り、調剤した薬局、薬剤師さんも誤った処方箋のまま調剤してしまい、患者さんに薬を渡したとのこと。クリニックも薬局もその事実を認めている、とのことである。


まず最初に、亡くなられた患者さんに弔意を表したい。


ヒヤリーハットの法則、あるいはハインリッヒの法則ともいわれるが、産業衛生に関わる人であればよくご存じの法則がある。「一つの重大事故の背後には30の「事故にならなかった」同様の重大ミスがあり、さらにその背後には「重大ミス」にならなかった300の小さなミスが存在する」というものである。


日常の外来で、処方ミスがそれだけ多いのか?と問われれば、素直に「はい」と答えざるを得ない。字が汚くて間違って読んでしまった、とか、薬の変更の時に、用法を変更せずにそのまま(例えば、変更した薬は1日1回なのに、もともとの薬の1日2回のままで出してしまう)処方してしまう、などである。ただ、時にはその指示が医師の意図したとおりの処方、という事もある(1日1錠、1日2回 朝夕食後(つまり、0.5錠を朝夕に飲んでほしい)など)もあるので、ややこしい。医事課から「先生、この処方はどうですか?」と尋ねられ、「間違えてました、すみません。書きなおします」という事もあれば、「いや、そのままの処方で正しいです」という事もある。


医事課の関門を通り過ぎても、今度は薬局からの疑義照会(この処方で正しいかどうかの確認)がかかる。時には同じ用件で医事課も薬局からも連絡があることがあるが、これはしょうがない。こういう形でミスを減らす努力をしているからである。薬局からの連絡ではそれ以外に、患者さんからのクレーム(「〇〇」という薬を出してほしい、と頼んだのに出ていない、など)もある。実際に出し忘れていたら、「すみません。私が出し忘れていました。患者さんにも『医者がすみませんと誤ってた』とお伝えください」とお願いするが、結構、「いや、患者さん、診察室ではそのことは何も言ってなかったけど…」という事もある。診察室についてくれているスタッフに確認しても、「いや、確かにそのことは何も言ってなかったですよね」という事も多い。が、これまで比較的定期的に出していた薬なら、処方するように調整する。全く処方したことのない薬を処方する場合は、「申し訳ないですが、もう一度病院に戻ってください」と患者さんに戻ってきてもらうこともある。


実際に「誤薬」は私(の息子)も経験することがあり、私の次男が8か月くらいのころ、いわゆる「風邪症候群」で発熱、咳嗽、鼻汁を発症し、私の研修していた(その時私は後期研修医)病院の小児科を受診してもらうよう妻にお願いした。もともと次男は乳児期はよく寝る子だったのだが、処方された薬を飲んでから、さらに眠気が強いようで、ミルクを飲んだり、ご飯を食べたりしながら、眠気でフラフラになっていた。少し症状が残っていたので、5日後に再診したのだが、その時、小児科部長から私に電話があり、「先生、すぐ小児科外来に来てください」と呼び出された。何かとんでもないことが起きているのか、と思い慌てて小児科外来へ。夫婦がそろうと部長先生から、「大変すみません。処方していた「セルテクト」(抗ヒスタミン薬、鼻水止めの薬)を10倍量で出してしまっていました」とのこと。抗ヒスタミン薬の副作用の一つに「眠気」があるので、夫婦ともども「あぁ、なるほど。それであんなにウトウトしていたんだ」と分かった。小児科外来で10倍量を処方し、薬局でも疑義紹介がかからずスルーされ、そのまま処方されていたのだった。薬はよく使うもので珍しいものではなく、なぜ使い慣れている薬でそういうことになったのか?


人間がゼロにすることのできないミスを”Human Error”と呼ぶが、これはまさしく”Human error”だなぁ、と思ったことを覚えている。少なくとも実害は「過度の眠気」だけだったこと、明日はわが身かも、と思うと、誠意をもって謝罪された先生には、何も言うことはなかった。運よく私たちの子供で、しかも命にかかわることなく済んで、本当に良かった、と思った。


本題に戻るが、モルヒネ製剤には、原末(粉)と内服液、内服錠、坐薬、注射薬があるが、どの製剤も形状が似ていて薬剤量が100倍違う、というものはないので、どうしてきっちり100倍量の間違いになったのかがよくわからない。原末で処方していれば、小数点のつけ間違いで100倍量となることはあるので、原末で指示を出したのであろうか?


モルヒネではないが、咳止めや、鎮痛薬としてもつかう「コデイン」という麻薬、これは私の記憶が正しければ、原末(100%散)、10倍散(10%散)、100倍散(1%散)の3種類があり、原末、10倍散は麻薬指定だが、100倍散は麻薬指定ではない。コデインの使用量としては1日60mgなので、これだと、100倍散のつもりで6gと処方箋を書いたつもりが、原末で6gとなっていれば100倍量の処方、となるのだが、モルヒネでは10倍散、100倍散はなかったはずなので、どうして100倍になったのか見当がつかない。


モルヒネは苦いので、最近では基本的には原末を使うことはない。なので内用液を100倍量出したのか、錠剤を100倍量出したのか、どちらにせよ、飲ませる方もおかしいと思うはずである(内用液は1回分ずつ包装されているので、100倍量飲もうとしたら、100袋飲むことになり、錠剤なら1回100錠飲むことになる。さすがにおかしいと思うだろう)。


投与量の間違いについては、Human Errorとして、必ず起こりうること、そのためにダブルチェックとして薬局でもチェックするのだが、そこは「正常化バイアス」で流れてしまったのかもしれない。投与量ミスを発見するためには、コンピュータの眼を入れなければならないと思うのだが、モルヒネなどの強オピオイドは極量(最大使用量)がないので、呼吸抑制や傾眠にならず、痛みが取れる、という状態なら、3gでも4gでも使う薬なので(ちなみにモルヒネの頓用薬で液体のオプソ液は最小単位が2.5mgである。なのでまさしく最小単位の1000倍近く使わないといけない人もいる)、コンピューターで引っ掛けるのも難しい(薬剤量で考えると)。どうしても、誤薬はごくわずかではあるが起こりうる(というかゼロにできない)のである。


ただ、私個人としては、どうやってモルヒネをきっちり100倍量間違えたのか、そこが非常に興味のあるところである(原末の小数点間違い以外には、だれがどう見ても変な処方になるはずなので)。


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