第15話 言葉にならない…。

今日のニュースで、「咳止め」の過量服薬で昏睡状態になっているのを放置していた、との理由で医師が逮捕された、と報道されていた。


モルヒネやコデインなどの麻薬は、咳止めとして優秀で、さすがにモルヒネを鎮咳用に処方したことはないが(肺がん末期で咳も止まらず、呼吸苦も強い方に「鎮咳+呼吸苦改善」を期待してモルヒネを処方したことはある)、コデイン、ジヒドロコデインを含みながら、麻薬指定を受けていない鎮咳薬は数種類販売されている。


私自身はERで鎮咳薬中毒の患者さんを診たことはないが、内服薬の中にコデインが入っている場合には麻薬拮抗薬の「ナロキソン」を投与する必要がある。


実際問題として、私は経験したことはないものの、鎮咳薬の乱用は結構深刻な問題で、処方箋なしで購入できる、コデインを含む鎮咳液や鎮咳薬は購入時に厳しく薬剤師さんから質問、指導をされることが多いと聞いたことがある。それも当然で、鎮咳薬中毒はほとんど、麻薬中毒と同義であるからである。


今回報道されていた事件では、逮捕されていた医師、亡くなっていた女性を含む3人でお酒と同時に鎮咳薬を過量服薬していたとのこと。


急性の麻薬中毒で一番問題になるのは呼吸中枢が停止し、窒息してしまうことである。ガン末期の患者さんで、呼吸苦も痛みも強いときは、鎮静で意識がなくなること、呼吸が弱くなることを覚悟のうえで、ある程度高容量の麻薬を使わざるを得ないことがある。その時の患者さんの呼吸様式は、しゃっくりをするような独特な呼吸をするようになる。「あぁ、麻薬効きすぎやなぁ」とは思うが、麻薬を減量すると、鎮痛補助薬を使っていても痛みがコントロールできず、呼吸苦もひどい、となればそのままで管理せざるを得ない。


本題から脱線してしまった。麻薬と覚醒剤、同じようなものだと思っている方も多いと思うが、実は大きく異なっている。覚醒剤は「覚醒」させる薬なので、非常に興奮する。血圧も跳ね上がる。幻覚も見える。そのような薬である。一方、麻薬は「鎮静」の方向に働く。おとなしく、ふにゃ~っとなってしまう(そして、麻薬中毒、あるいは麻薬を長期に内服している方が急に薬をやめてしまうと「自律神経の嵐」と呼ばれるほど激しい副作用が待っている)。


麻薬は精神依存、身体依存の両方があるので、一度始めると抜けだすのには非常に困難が伴うのだが、少なくとも「医師」が「咳止めの過量服薬パーティー」に参加する、という時点で、深刻な問題である。


そして、自分自身が薬に耽溺して、正常な判断ができなかった状態であったとはいえ、その異常な呼吸様式、あるいは呼吸が止まっていたのかもしれないが、そのような状態の人を「寝ているだけ」と放置していた、ということにも驚いた。


薬物中毒、薬物乱用は深刻な問題であるが、さらに医師がその場にいたこと、居たにもかかわらず、女性が自発呼吸もままならない昏睡状態になっていることに気づいていない(と本人は供述しているらしい)、という時点で、この医師、いかがなものかと思う。


自身も咳止め中毒で正常な判断力が失われていたのかもしれないが、変な呼吸様式と、瞳孔を見て、pin-point pupil(瞳孔が針孔みたいに小さくなっている状態)となっていたら、考えるべきは脳幹出血か麻薬中毒である。いずれにせよ救急医療を要する状態であり、職務についている状態ではないが、それくらいは判断できるだろうと個人的には思うのだが。


なんにせよ、咳止めは「注意が必要」な薬であることは確かである。

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