これがラピリスだ! ①

「おにーさんってさー、下手だよネ」


客も捌けてきた昼下がり、一人残った店内でオレンジジュースを啜りながら加奈守コルトが呟いた。


「何だよいきなり、料理が不味かったか?」


「いいヤ、そっちはとてもとても美味しかったヨ。 私が言うのはこっちノ方」


宙に「マ」の字を描いて見せるコルト、なるほど魔力か。

なんとなくボーっとしてるように見えたのはこの前の河原での戦闘を思い返していたのだろうか。


「下手って言われてもなぁ、具体的に言うと何が悪かった?」


「ンー、全体的に効率悪いヨ。 常に薄っすらと漏れ出してる感じ、それじゃすぐガス欠だネ」


なるほど、自分では分からないものだがこれも経験値の違いから来るものか。

魔力を追う技術といいやはりコルトは魔法少女としての実力が高い。


「私ほど嗅ぎ分けられるのはそうそういないけどネ、カントーの方じゃ探偵みたいな子もいたヨ。 駄々漏れだとバレるよおにーさん」


「それは困るな……」


出来れば変身しないことが最良、現にここ数日は魔物の出現も無く平和なものだ。

だが魔物が現れたらそうもいかない、繰り返すうちに正体を辿られるような危険が伴うならきちんと栓をしておいたほうが良いに決まっている。


《出来れば直しておきたいですね、それって一朝一夕で出来るものなんです?》


「ドダロネ。 私は3日でコントロールできたケド、1ヶ月くらいかかった子も知ってるヨ」


結構な個人差があるらしい、なら尚更制御は早いほうが良い。


「教えたいのは山々だけど明日は本部に呼ばれてネー、だから一人でできる方法教えとくヨ」


「そりゃ助かる、ケーキ一つオマケしとこう」


「ンフー♪ 良い心がけだネ、それじゃおにーさん……」


テーブルに置いたケーキを引っ手繰って一口齧るとコルトは歯を見せて笑う。

美味いものを口にしたときに見せるような笑みじゃない、いじわるっ子が浮かべるようなそれだ。


「――――上達の道に楽は無シ、まずは慣れよっカ?」



――――――――…………

――――……

――…



「……って言ってたけどさ、方法がこれか」


《ヘイヘイマスター、気が緩んでますよー》


見慣れたはずの街の景色がまるで違って見える。

いつもより低い視線で見上げるとこうも変わるものなのかとある種の感動を覚える。

……そう、今の俺の格好はブルームスターのそれだ。


「ずっと変身しっぱなしで街を歩けなぁ、魔力の方はどうだハク?」


《んー……まだじわじわ減ってる感覚はありますね、言われなきゃ自分でも分からないぐらい微々たるものですが》


コルトから出された指令はこうだ、魔力を放出する強弱ハイロウの感覚に慣れる様にと。

身体から洩れる魔力を弱めて街の外へ向かい、今度は逆に魔力を強めて見つからない様に街へ戻る。

これを魔力が尽きるまで繰り返す、そうすることで魔力を放つ感覚と魔力が無い感覚が身につくらしい。


しかし流石は魔法少女の先輩お勧めの練習法、やってみると案外これが難しい。

気を抜くと勝手に魔力が漏れ、街に戻る時も気を付けないと無駄な消費が多くなってしまう。

コルトやラピリスはこんな真似を息をするように行っていたのか。


《いやー、しかし格好変えただけなのに結構バレないものですね。 連日ニュースを騒がせたブルームスターだというのに》


「見つからないのは良いことだろ、これもコルトの言った通りか」


身に纏った服装はいつものローブの代わりに丈の長いパーカーを羽織り、トレードマークの白マフラーも今は巻いていない。 この服装はハクに頼むとすぐに変えてもらったものだ。


不思議な事に、魔力がないと魔法少女は魔法少女と認識されないらしい。

コルトやラピリスが素顔を晒しているというのに正体がばれないのもこのお蔭だ、外見的特徴だけで魔法少女の正体を探るのは難しい。


こうして少し恰好を変えておとなしくするだけで人は魔法少女を見失う、再度魔力を放てばまたすぐに見つかるわけだが……


《……あっ、マスター。 あれ見てくださいアレ》


「ん?」


歩道に等間隔で植えられた街路樹に引っかかった風船と、そのすぐ真下で涙を堪える少女がいた。

風船に結ばれた紐は手を伸ばせば少女でも届きそうだが……


「お嬢ちゃん、どうした? 風船が引っ掛かっちゃったか?」


「うん……あのね、引っ張ると割れちゃいそうなの」


少女に声をかけて近くで見るとなるほど、木の枝が嫌な具合に風船へ刺さりかけている。

もし下手に引っ張れば風船はあわれ爆発四散していただろう、少女はそれを見抜いて手を出せなかったのか。


「んー……内緒だぞ?」


「えっ……わぁ!」


風船を一瞬だけ箒に変え、素早く引き抜く。

そしてまた箒から戻すと風船は無事だ、そのまま少女へ渡すと満面の笑みを浮かべてくれた。


「おねーちゃん、ありがとー!」


「あはは、どういたしまして。 もう離すなよー」


そのまま手を振って少女と別れる、はしゃぎすぎて今度は転ばないか心配だ。

改めて周囲を見ても今の一瞬を目撃した人もいない、ちょっとヒヤッとしたけどこれで……


「いえ、ばっちり見てましたが」


「うわっ!?」


背後から掛けられた声にびくりと肩を震わせる。

振り返るとそこには魔法少女ラピリス……もとい鳴神 葵がこちらを睨みつけていた。


「……今、風船を箒に変えましたよね? あなたまさか……」


「え、ええぇーなんのことー? おr……わたしさっぱりわからないやあはははは……」


「誤魔化されませんよ! あなたやはりブルーム……!」


声を荒げてウエストポーチに手を伸ばしかけたアオの動きが止まる。

前回コルトの魔法少女名を呼び掛けた反省か、加えてこんな街中で変身するわけにはいかないはずだ。


「お、落ち着けよラピr……見知らぬ女の子! こんな街中で戦りあったら大事だぞ?」


「分かって……分かっています……! しかし、けどしかし……!!」


アオの葛藤はすさまじい、だけど彼女は馬鹿じゃない。

街への被害や自身の正体に関するリスクを考えれば矛を収めてくれるはずだ。

……たぶん、きっと、メイビー。


そもそもなんでこんな所にいるのか、確か昨日の夜は友達と遊びに行くと言っていたような。

まさかドタキャン? そのまま帰るのも格好がつかずこうして街中をぶらぶら……


「見知らぬ少女よ、君こそ何故こんな所をぶらぶらして……」


「見知らぬ少女ではありません、鳴神 葵という親に貰った大切な名前があります! そちらこそ人に物を聞く前に名乗るのが礼儀ではないですか!」


駄目だ取り付く島もない。

反抗期の娘を持った父親というのはこういう気分なのか、ちょっと泣きそう。


「名前は……えー、ナナシノゴンベエ、です……」


「やはりここで切り捨てます」


特に思いつく名前も無く、適当に答えてみればアオが放つ殺気が増した。

駄目だなにを言っても火に油を注ぐ気がする。


「待って待って待って! もう少しマシな名前を考えるから!」


「下手な誤魔化しはいらないですよ、あなたにも親からもらった名前があるでしょう!」


「親なんてここ数年顔も見てねえよ!」


「……っ!」


突然アオが纏っていた殺気が針で突いたように霧散した。

憐れむようなその視線は……ああそうか、「親と会っていない」なんてこの年の子が言えば意味もだいぶ変わってくるか。


「ごめん……なさい、今のは私が軽率でした……」


「あ、ああいや……気にするなよ」


藪を突いて飛び出した罪悪感に胸が痛い、やめてくれそんな顔をしないでくれ。

今のはアオは悪くない、俺のせいだ。 俺が悪いんだ。


「……いいです、今回は見逃します。 ただしあなたがここで何をしていたかに依りますが」


「お前も今見てただろ、人助け……兼、制御の練習だ。 問題あるか?」


「制御? ……ああ、確かに“荒い”ですね。 わずかながら漏れ出る流れを感じます」


魔法少女歴が長いと分かるものなのか、些細な乱れをアオに指摘される。

やはり一朝一夕で掴むのは難しい技術だ。


「魔物の中には目や鼻の代わりに相手の魔力を感知するものもいます、逆に大きすぎる魔力を扱いきれず自滅する場合もある。 魔力の制御は魔法少女の基本です」


「ぞっとしない話だな……」


今まで戦った相手がクモやニワトリだったのは運が良かった。

もしアオが言うような相手が現れていたら今頃命はなかったかもしれない。


「……たとえ野良とはいえ、戦力の無意味な損失は私も好みません。 ついて来なさい」


「へっ?」


「ですから、私が貴女に制御を教えます。 何か文句が?」


《おおっと? マスター、これは……》


……ああ、何だか面倒なことになった気がする。

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