第52話

「騒ぐと余計目立つぞ」

「だって、キスマーク」


 僕は極力小さな声で隆二に言った。


「見られたって減るわけじゃなし」

「あのね……」


 僕が油断していると隆二はさっと素早く僕のシャツを脱がしにかかる。


「うっ、わっ!」


 僕はあまり大きな声を出せずにいた。そしてシャツは見事に裏返り、もはや回収不可能に。

 上半身裸になると隆二にタオルで汗を拭かれた。


「ほら、すっごく汗かいてるぞ」

「自分で拭くからいいっ!」


 僕は急いで体を拭くと、隆二が手にしているシャツを取ろうとしたが、僕より高身長な隆二は自分の頭よりも高く上げてしまった。

「ちょっとっ!」

「まだ全部拭けてないからダメ」

「もう、馬鹿っ」


 僕はもう涙目だ。必死で指摘されたところを拭く。


「はい」


 隆二はにっこり微笑むとやっと替えの上着を差し出してくれた。

 僕は慌ててそれに着替える。


「下も着替えた方が……」


 隆二はこともあろうに僕のズボンに手をかけようとした。


「じ、自分でやるっ!」


 僕は彼から下のズボンをひったくると、そのまま更衣室へ向かった。


「も、もう……」


 更衣室の鏡で見ると、やっぱり首から鎖骨辺りのそれは無数に首筋、鎖骨のところについていて、キスマークだとはっきりわかる。


「もうーー隆二の馬鹿ーー」


 僕はどうしたらいいかわからずにロッカーに寄りかかって頭をぐりぐり左右に振りながら悶えてしまった。

 そうだ、あのタオルで隠そう。ロッカーを漁り、汗をかくのでロッカーの中に多めに持ってきていたタオルを手にすると首に巻き、元の場所に戻る。


「はい、おしぼりに、飲み物と、これ、昼ご飯のおにぎりね」

「えっ……」


 隆二は待っていて、僕が戻ると飲み物を渡してくれた。続けて凄い大きなおにぎりを差し出す。


「えっ、あっ、これっ……」


 僕が戸惑っていると彼が頭に手を置いて笑った。


「ごめんごめん、よくわからなくて、色々まぜこぜにして一つにまとめてしまった」

「しまった。じゃなくて、どうしたのこれ?」

「僕が作ったんだけど……」

「ええええええ!!」


 びっくりした。隆二、ピアノとか繊細に弾く癖に、本当に料理はダイナミックだ。


 というかこれ料理じゃないか……。


 僕はとりあえず、手にしたお茶を水筒から直接飲むと、そのとても大きなおにぎりをぱくっと口にした。

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