第22話

 脱衣場から磨り硝子で淡く透けたバスルームの扉の先に隆二がいた。

 台本の台詞読みに夢中になっているようだ。


 そう言えば彼は明日から一週間。ドラマのロケで金沢に行くと言っていた。

 僕は彼の邪魔をしてはいけないと思い、直ぐにそっとその場を離れ、キッチンに向かう。

 キッチンには洗い物の皿の山ができている。

 僕がそれを洗っているとしばらくしてその気配を感じた隆二がバスルームから出てきた。


「寝てなくて大丈夫なのか?」

「うん……」

「台本を読んでた。五月蠅かったか?」

「ううん……」


 僕が無言でお皿を洗っていると、彼は台本を片手にリビングのソファーに腰掛け、本のページを綺麗な長い指先で捲り、そのページに目を落としている。

 隆二の事だからもうセリフは頭に入っているのだろうと思うけど、彼は慎重なので台本には入念にチェックが入っていた。

 彼は事前に全てを万全にして現場に台本を持ち込まない。


 隆二は最近は特に忙しく外泊も増えているけど、必ず毎日宿泊先から電話をくれる。

 真剣な眼差しで台本を見つめてる隆二の横顔を見ていたら、明日から大事な撮影なのに、今日あった出来事などとても言える空気ではないと思った。


 翌朝、玄関で僕は隆二を見送った。

 マンションの下には彼のマネージャーが車の中で待っている。


「今回はロケが長いし、お前も芝居があるから一緒には行けないけど、毎日電話するからな」

「うん、気をつけて行ってきてね!」

「お前も頑張れ」

「うん」


 そう言うと隆二はコツンと僕の額におでこをぶつけ、軽くキスをした。いつもの挨拶だ。

 品のある黒いジャケットを羽織り、紫色の縁取りメガネを掛け、紺色の帽子を被ると旅行鞄をさっと片手に出掛けて行った。

 僕は笑顔で彼を送り出した。



 そんなこんなで僕は劇団イルカの練習場に向かう、今回指定された場所がいつもと違っていた。

 最寄駅から電車に乗り換え、とある駅に降りた。指示された場所がどうみても住宅街なのが謎だ。

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