EX. Chap. 2
番外編2 前日:香取萌彩の憂鬱・上
秋深まり――
やわらかな陽気がショーウィンドウに差しこむ午後、その大通り沿いのコンビニに、魔法少女が入店した。
ほっそりとして背の高い少女だった。ヒールを入れて170センチはあるだろう。背丈に劣らず長い髪は、ファミレスのメロンソーダに似た色をして、頭の高い位置でひとつ結びにされていた。白い
女性店員は、わざとバックヤードに入って市内のイベント情報をスマホで検索し始めた。チャンスがあればカメラアプリを起動しようとも企んでいた。
もうひとりの男性店員は、品出しをやめてレジに立ち、愛想のいいフリをして、菓子類の棚に向かう少女の姿態を眺めまわした。ドレスは背中が大きくあいてなだらかな肩甲骨がずっと見えていたし、体の線に沿ってデザインされた薄いスカートには、手を這わせ確かめたくなるほどなめらかな曲線がくっきりと浮き出ていた。
隣り町の
その噂は店員ふたりともに覚えがあった。ただ、さらに両名とも〝実物の姿〟を目にするのは初めてだった。
なにしろ目撃情報はあっても証拠画像の出回らない気味の悪い噂だ。令法野市外ではほとんど出くわさないようだが、
その噂を種にしたコスプレに過ぎない可能性もあった――が、不意のあまりの非日常性と、少女のあまりの完成度に、ふたりとも逆にピンと来てもいた。不思議なことだが、まさにいま目の前に噂の実物がいると、疑いもせず確信していた。呆気にとられず欲望に身をゆだねたように動けたのもそのせい。
だからこそ、忘れていたらしかった。
たとえば、いくらマイバックが普及したとはいえ、ほぼカラのようだった20リットル相当のボストンがパンパンになるまで無造作に菓子類を詰め込んでいく様子に不審を抱くこととか、冷温系スイーツのところにも来てそのいくつかも無造作にバッグに突っこんでいき、ひるがえすポニーテールからやけに清涼な香りを漂わせながらレジの前を素通りして、ひらいた自動ドアから当たり前のように出ていったことに、なにが起きたかを理解しようとする努力などを。十数秒。
「……え? ちょ、え、あ――」
閉まっていく自動ドアが、閉まりきらずまたひらき始めた。入退店時の電子音が流れ、学生らしき若い男が手の中のスマホに視線を落としたまま入ってくる。
その男が顔をあげたのは、予期しない清涼な残り香を嗅いだためだろうか。
白黒させた目がそこで男性店員の視線とぶつかって、今度は男性店員の顔がみるみる青くなっていくのに男も目を見ひらいて同じように青くなったところでカウンターを跳ねあげものすごい勢いで突進してきた男性店員をよけようとして足がもつれおしりから転んでスマホがどこかへ飛んでいったのに男性店員は気にする余裕もなく通りの真ん中に出て、メロンソーダみたいなポニーテールが流れていった方向を見るより先に声をあげた。
「ま、まんびっ――」
街路樹が等間隔に並ぶ、自転車用と歩行者用が白線で分けられた歩道が伸びている。
午後の陽気を吸うアスファルトの上に、メロンソーダはどこにもない。
代わりに街路樹の木かげに、あの少女と年の近そうな女の子が立っていた。
ミルクブラウンの髪をサイドでひと
ふと、女の子が男性店員に気づいて目が合った。
呼吸も忘れたように固まっている男性店員を、不思議そうに眺めていた。
★
変身と、認識阻害。
現実の魔法少女が使える魔法はそのふたつだけだ、言ってしまえば。しかも抱き合わせなので、実質ひとつ。
変身前後では人相も体格も違う。でもそれだけでなく、たとえ変身か変身解除するところを見られても同一人物とは認識されない。先にいたほうが最初からいなかったと、記憶まで操作される。変身中はカメラにも映らないから、身バレなんかありえない。魔法少女は安心安全。
「もあちゃーん、ジュースちょーだーい? ……はーい」
自販機は先払いなのでまいたりできない。コンビニでも飲み物は売っているが、気に入っている商品は自販機にしかなくて、売っている自販機も限られる。
魔法少女としての身バレはありえない。けれど、実質変身前と後のふたりプレイとして顔を覚えられる可能性はあった。やる気のないときまで警戒されたら面倒くさいので、買い物をするときは令法野の外まで足をのばすことにしている。放課後にいったん帰宅したとしても、変身すれば、家も木も踏み台にしてひとっとび。元々小学生までは、こっちの
「あれれぇ? ミルクグミがないよ、もあちゃん? 入れたつもりだったけどなー」
湿ったアスファルトにボストンバッグの中身をぶちまけ、無数のお菓子を眺めて首をかしげる。魔法少女になれば、満杯にした大きなバッグを通りから五階建てビルの屋上に投げあげるのも、回収に行くのも朝飯前だ。が、だからって、詰め込むことばかり考えて、なにを入れて入れないかはあまり意識していなかった。確かにお気に入りのお菓子のある棚の前でバッグをあけた気はするのだけれど、令勢のコンビニにしかないその商品は結局見つからなかった。
「は……だる」
手に持ったチョコの袋を裏返してみる。ビターチョコ。ゴミみたいな味がするやつ。くるくる回したって鼻歌を聞かせたって、甘くはならない。ゴミはゴミ。
手首を振って、チョコの袋を
水音も確かめずに次を拾う。サツマイモのビスケット。これはいい。バッグへ戻す。次は梅干し味のマシュマロ。投げる。辛いせんべい。投げる。
「いる……いらない……いらない、いらない……いる、いる、いらぁー……ない」
次々と、いらないものを川へ投げる。おいしいものだけバッグへ戻す。
一度地面へ落としたので、汚れたものも川へ投げる。ばいばいきーん。
「ぽいぽいぽーい。もあちゃーん、むだなものを買ってはいけませんよー? はーい。買ってませーん」
どうせこんなに食べられない。めんどくさいから、全部投げたっていい。
なんで万引きしたんだっけ? さあ。どうでもよくない?
あー、思い出した。部室に持ってこうと思ったんだ。
みんなに食べてもらうんだ。おいしいものはみんな大好き。
わぁ。センパイってお菓子のチョイス素敵ですね。やさしーですね。見直しましたっ。
センパイ、新入りが来るんですよ? その子にも食べてもらいましょうよ?
とってもキレイなかわいい子だそうですよ? おしゃべりで元気いっぱいで、センパイとは大違い!
ぐしゃ
ミルクグミを見つけた。足もとで見つけた。
踏みつけたら泥がいっぱいついたので、グミがゴミになってしまった。なんちゃって。
汚れすぎてて拾えない。ごめんね、川さん。あたしが悪いよね? あたしを悪者にしたいよね? ざけんな、カス。
「……あるもので我慢しねーからそうなんだよ。ぶぁーか」
他人に言ったつもりだ。
黒ぶち眼鏡をかけたショートヘアの後輩。地味なくせに強気で口うるさいし、変身するといやらしい見た目になる。でかい乳をぶらさげて見せつけられる姿が理想の、劣等感まみれのバカ女。バカだから、努力すれば魔法が使えると思ってる。もういいです。センパイの手は借りません。貸したくないだなんて言ってない。ただ時間を無駄にしたくなかっただけ。元芸大志望の3年生。気持ちがわかる? あなたにわかる?
ゴミを投げるのも飽きたので、地べたにお菓子を放置したままバッグを持ちあげた。スマホを出してSNSに新規登録する。生成アプリでアニメ風のアイコンを適当に作る。
AI絵はウケがいい。消費しやすいクズだと思ってもらえるから。
「お金ほしーからかせごー。無駄づかいしてないけどー」
プロフィールに未成年と書いて、お金が欲しいと正直にポストする。すぐに返事が来た。
後編へつづく――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます