第22話 リリィ、魔法使いになる……?
帝都の魔法学校は教育の質が高いことで有名だが、類稀なる魔法の素質を顕現させた天才しか入れない、という訳ではなく、将来的に魔法を扱う職業に就きたいあらゆる人間が入学することが可能だ。主席で卒業した俺も入学した時は「魔法? ナニソレ?」という状態だった。
一口に魔法を扱う職業と言っても、例えばジークリンデのように魔法省に入省する者から、学生時代の俺のように依頼をうけて魔物の討伐や素材の納品を行うハンター、魔法具ブランドの職人などその選択肢は多岐に渡り、結果的に帝都の子供の殆どが魔法学校に入学することになる。帝都に住む上で…………いや、この世界で生きていく以上、魔法と無縁で生活することは出来ないんだ。
「リリィ、ちょっと来て」
「ん〜?」
そんな訳で必ずしも魔法学校に入学する前から魔法を教えておく必要はないのだが、もしリリィが学校の授業で詰まってしまったらかわいそうだ。魔法学校の授業は基本的に人間を始めとした一般的な種族を対象としているはずだから、希少種であるリリィには理解し辛い、という事もあるかもしれない。魔法に関する下地というか、基本的な知識は身に着けさせておいたほうが良いだろう。
そもそもゼニスにいる内にその辺りは教える予定だったのだが、つい先延ばしになってしまっていた。
「りりーがきたよー!」
リリィがリビングを走りソファに跳び乗ってくる。外では走らないように言いつけているため、その反動か家の中では元気いっぱいだった。
「リリィ、学校楽しみか?」
「うん! りりーまほーつかいになる!」
笑顔で頷き、魔法使いのジェスチャーのつもりなのか腕をぶんぶん振るリリィだが、そのジェスチャーが示す通り魔法使いが何なのかまでは恐らく分かっていないようだ。魔法も俺が家の中で使っているのを見たことがあるくらいで、ふんわりとしか理解していないだろう。
「よーし、それじゃあ今からリリィに魔法を教える」
「やった! おぼえたらりりーまほーつかいになれる?」
「勿論だ。リリィはきっと凄い魔法使いになれるぞ」
俺の言葉を聞いて、リリィは奇声をあげてソファの上で飛び跳ねた。元気が良くて大変よろしい。
◆
魔力というものは一部の種族を除き、全員が生まれつき身体に宿している。それなのに魔法を行使出来るのはしっかりと教育を受けた者だけだ。
────それは一体何故か。
答えは簡単で、魔法を使うというのは極めて感覚的な行為だからだ。「あなたの中にはまだ知らない力が眠っているのです」と言われても、使っていないものは知覚出来ないだろう。そして、知覚出来ないものは使えない。そういうことだ。
だから、魔法を使うためにはまず自分の中にある「魔力」というものを知覚させる必要がある。
「リリィ、目つむってみて」
「ん」
目をつむったのを確認すると、小さくてぷにぷになリリィの手を取り、前に伸ばさせる。そのまま微弱な魔力を流していくと、リリィがくすぐったそうに身をよじった。
「なんかむずむずする」
「そのむずむずが魔力なんだ。…………むずむずを手のひらから思いっきり出すことって出来るか?」
身体にとって、他人の魔力は異物そのものだ。リリィは知覚出来ない己の魔力とは違い、体内に流れる俺の魔力を「むずむず」として捉える事が出来ている。そして俺の魔力は既にリリィの魔力を捕まえている。俺の魔力を手のひらから放出する事が出来れば、釣られるようにリリィの魔力も引っ張られる。その経験が、自分の魔力を知覚する事に繋がるのだ。
「うー…………」
リリィは初めての感覚に戸惑い眉間に皺を寄せた。額には小さく汗が浮かんでいる。俺の魔力が少しずつ押されていく感覚はあるんだが、まだ上手に捉える事が出来ないようで身体の外に放出するまでには至らない。
「むずむず、でてかない…………」
ぎゅう、ぎゅう…………と俺の魔力が小さく押される感覚だけが断続的に続く。
非常に高い知能を持ち魔力の扱いに長けたと言われるハイエルフでも、流石に一発で上手くはいかないか。
「…………今日はここまでにするか。また明日やってみような」
俺が魔力を切ると、リリィは目を開けて申し訳無さそうな表情になる。
「ぱぱ、ごめんなさい…………うまくできなくて…………」
「気にしなくていいさ。学校までまだ一ヶ月もある。ゆっくりやっていこう」
「うん…………」
元気づけるように頭を撫でると、リリィは俺の膝を枕代わりにしてソファに寝転んだ。…………どうやら甘えたい気分らしい。さらさらの青い髪を手で梳かしていると、やがて小さく寝息が聞こえてくる。そろそろ夜ご飯にしようと思ってたんだけどなあ。
「…………ふっ」
生活スケジュールは崩れたものの、俺の口には笑みが浮かぶ。「寝る子は育つ」という言葉を思い出したからだ。
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