第14話 リリィ、ローブの着方が分からない

「…………この店、エスメラルダ先生の店なのか?」

「ヒッヒッヒッ、そうだよ。道楽で始めたんだが、これが案外愉快でね。いつの間にか3年目さ」

「結構長く続いてるんだな。まあ先生くらい有名ならそれだけで繁盛しそうではあるが」


 店の奥から先生がゆっくりとこちらに歩いてくる。


「馬鹿言うんじゃない。アンタだから出てきたけどね、普段は私の名前は出してないよ」

「…………先生の店だって事は隠してる訳か。でも一体何故?」


 「あのエスメラルダが作ってます!」と宣伝するだけで、飛ぶように売れていくだろうに。なんたって先生はかつて帝都で一番と言われた魔法使いだ。


「カッカッ、ブランドみたいでイヤじゃないか。それがやりたいなら『ビットネ』に就職してるよ私は」

「ははっ、確かに」


 高級ブランドをこき下ろす発言は、それだけで面白い。


「店長、お知り合いなんですか?」


 女性店員が俺と先生の間で視線を彷徨わせる。「出てきていいんですか?」と顔に書いてあった。


「こいつはね、私を学校から引退させた男だよ」

「ええっ!?」


 店員が驚いた表情で俺を見る。


「適当言うなよ。何もしてないだろうが」


 え、俺何かしちゃったっけ?


 瞬間的に不安になる。俺は『ガトリン』を出禁になった事すら忘れていた。


「本当のことさ。アンタが出てきたから、私は『帝国で2番』になっちまったんだからね」

「…………ああ、そういうことか」


 俺は『帝都の歴史で1番の天才』と言われている。エスメラルダ先生はかつて、そう言われていた。


「でも、別にそれでクビになったりはしねえだろ。先生より優れた魔法使いなんて教職員に一人もいないんだから」


 エスメラルダ先生より先にクビにすべき人間は沢山いるはずだ。


「そりゃそうだ。学校は自分から辞めたのさ」

「…………おい」


 話がテキトーなのは相変わらずか。


「でも、アンタを見て『そろそろ潮時か』と思ったのは本当さね。世代交代の時が来たか、って感じたね」

「そういうもんか」


 先生は50年以上ずっと『帝国で1番』だった。それがついに更新されて、気持ちに一区切りついたってことはあるかもしれないな。


「あ、もしかしてこの人が店長がたまに話してた────」


 店員が思いついたように声をあげる。そういえば自己紹介をしていなかった。


「ヴァイス・フレンベルグという。先生の教え子、という事になるか」

「一番の問題児だったね」

「うっせえ」


 俺が問題児なら、先生は問題大人だっただろうが。


 先生は、さっきから店の隅っこで商品のローブを着ようと悪戦苦闘しているリリィに視線を向けた。


「────あの子、んだい」


 一瞬で、先生がと分かった。


「リリィは孤児だったんだ。一年前から俺が育ててる」

「可愛いですよねリリィちゃん。水色の髪もお洒落で。ああいうエルフもいるんですね」

「生まれつき水色らしい。そういうエルフがたまにいるんだと」

「そうなんですね…………私、リリィちゃんのところに行ってきます」


 リリィはローブに頭を突っ込み、袖の穴から頭を出そうと頑張っていた。店員が見かねてリリィの所へ歩き出す。


 店員が充分離れたことを確認すると、先生が口を開いた。


「…………あの子、どうするつもりなんだい」

「別に何も考えてないさ。一人でも生きられるようにしてやりたい、と思ってはいるが」


 普通のエルフより生きにくい人生になるのは間違いない。リリィにはいずれ訪れる困難に負けない為の力をつけて欲しいと思っている。


「いっちょ前に親心かい」

「まあな。誰だって娘には幸せになって欲しいと願うものだろ」


 先生は乾いた声をあげて笑った。問題児がいつの間にか親になっていたのが愉快だったのかもしれない。


「それはそうだ────なら、あの子を守るために優秀なローブがいるんじゃないかい?」


 深いしわが刻まれた顔の奥で、先生の瞳が力強く輝いた。商売人の目だ。


「それはそうなんだが…………市販品でそこまで差が出るのか? いや、先生の腕を疑ってるわけじゃないが」


 ローブの性能はその大部分が素材で決まる。それなりのコネと流通ルートを持っている高級ブランド品が優秀なのはその為で、逆に言えば『技術』で差が出にくい。


「そうさねえ、はっきり言ってそこまで差は出ないよ────市販品ならね」

「?」


 先生の言葉は、まるで市販品以外の用意がある、とでも言いたげだ。


「…………ヴァイス、アンタあの子に良いローブ着せてやりたいんだろ?」


 俺たちの視線の先では、店員にローブを着せてもらったリリィが笑顔ではしゃいでいる。とっても可愛い。


「当然だ。帝都で一番────いや、世界で一番のローブを着せてやりたい」


 俺の言葉を聞いて、先生はニヤッと笑った。


「────その言葉を待ってたよ。なあヴァイス…………、狩ってきてくれないかい」

「…………クリスタル・ドラゴンだと?」


 ────クリスタル・ドラゴン。

 それは────『この世で最も討伐が難しい』と言われている、世界最強のドラゴン。


 全身が魔力を吸収する結晶で覆われているそのドラゴンは…………『魔法使い殺し』の二つ名で呼ばれていることを俺は知っている。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る