第13話 リリィ、帝都をブラつく

「がっこー? りりーがっこーいくの?」

「そうだぞ。学校はお勉強するところだ」


 ジークリンデは仕事が早い。翌日には魔法学校の入学案内を送付してきた。

 今はリビングでリリィと一緒にそれを確認している。


「おべんきょー! ぱぱもいっしょ?」

「パパはもう卒業しちゃったんだ」

「そつぎょー?」


 リリィは首をかしげる。


「卒業は…………なんだろうな。パパも昔学校で頑張ったんだ」

「そうなんだ…………ぱぱえらいね」


 リリィがソファに座る俺の頭をよしよししてくる。小さい手が不器用に動いて髪がくしゃっとなった。可愛い。


「わわっ!」


 俺はリリィを抱き抱え膝の上に載せて「必要なもの一覧」を眺める。

 制服、体操服、上履き…………そして魔法具。学生時代使っていた物品が羅列されていた。


「魔法具か…………」

「まほーぐ?」


 魔法具はその用途に応じて何十種類もあるが、魔法学校で使うのは主に『杖』と『ローブ』だ。上級生になると『帽子』も必要になる。『帽子』は魔力を制御する役割があるから、魔力量が多くなる上級生は着用するのが決まりになっている。


「どうすっかなあ」


 リリィの魔法具か…………どうせならトップブランドの『ビットネ』で揃えてやりたい。『ガトリン』は俺出禁らしいし。ブランド自体に興味はないが、トップブランドの魔法具はオシャレなものも多いからな。高いだけあって手間は掛かっている。リリィが気に入るものもきっとあるだろう。


「…………よし! おでかけ行くぞ」

「おでかけ! やったやった!」


 リリィが胸の中でばんざいする。リリィは昨日、ほとんど寝てたからな。帝都の街並み初体験だ。





「ぱぱ、ひとがたくさんいるよ!」

「そうだな、はぐれないようにな」


 俺は繋いだリリィの手を確かめた。リリィはぐいぐいと俺をひっぱって、商業通りの広い道を右往左往する。目に入るもの全てが気になるって感じだった。


「ぱぱ、これはなにやさん?」


 リリィが明らかに老舗っぽい石造りの店を指差す。木の板で出来た吊り看板には、店名の他に掠れた文字でローブへのこだわりが書いてあった。店主の営業理念だろうか。


「これは…………ローブ専門店か。服屋さんだ」

「ほろおねーちゃん、いる?」

「ホロおねーちゃんは多分いないなあ」


 リリィの頭の中では服屋=ホロになっているらしい。懐いてたからなあ。


「入ってみるか?」

「うん!」


 『ビットネ』で揃えるつもりだったが、とりあえず見てみるのもいいだろう。

 木造のドアに力を込めるとギィ…………と軋みながら開いた。


「いらっしゃいませー!」


 入店した俺たちを、フレッシュな声が出迎えた。

 店の外観的に、てっきり老いたじいさんがひとりでやっているような店かと思っていたが、狭い店内は案外洗練されていた。店員も若い女性だ。商業通りに出店しているだけあって、その辺りはちゃんとしているらしい。


「入学ですか?」


 恐らく自分の店の商品だろう、黒いローブを纏った女性店員が話しかけてくる。店員が身につけているものは生地が薄いが、その代わりひらひらが沢山ついた見た目重視のもので、結構オシャレだった。服の上に羽織るのではなく、それ自体が服の代わりになるタイプ。性能は生地の材質にもよるのでパッと見では分からない。


「そうだ。見せて貰っても構わないか?」

「ゆっくり見ていってください。可愛らしいお子さんですね」


 店員がリリィに目を向けて言う。そうだろう、可愛いだろう。

 リリィは目を輝かせながら店員を眺めていた。ローブ姿が珍しいのかな。


「りりーだよ!」

「リリィちゃんって言うんだ。学校、楽しみ?」

「うん! たくさんべんきょーするの! それでね、ぱぱをたすけてあげるの!」

「そうなんだ。偉いわねえリリィちゃん」


 店員がリリィを撫でる。俺はリリィの言葉に感動して泣きそうになっていた。

 リリィ…………そんなに俺のことを…………うるうる。


 手を離すと、リリィは子供用のコーナーに突進していった。


「何か聞きたいことはありますか?」


 店員が柔和な笑みを浮かべて俺に話しかけてくる。


「そうだな…………この店はどういうローブを置いてるんだ?」


 ブランド志向はないし、『ビットネ』より良いと思ったらここで買うのもありだと考えていた。


「うちの商品は全て店長がひとりで手作りしているんです。凄いんですよ、店長。魔法使いとしても一流なのに、縫製技術も本職顔負けなんです」

「それは凄いな」


 ローブの役割は、主に相手の魔法から身を守ることにある。その為、生地には高い魔法耐性を持つ素材が用いられることがほとんどだ。だが逆に言ってしまえば素材自体が役割を担っているため、縫製は魔法使いが行う必要がない。ローブの製造において魔法使いの役割といえば、せいぜい出来上がったローブに魔力でコーティングをするくらいだ。


 因みに高級ブランドのローブは素材自体も希少なものを使用している上、著名な魔法使いが魔力仕上げを施していることが多い。有名魔法使いの名前でお金を取っているわけだ。「あの誰々の祝福が施されています!」みたいな。


「店長の名前は何ていうんだ?」


 一流魔法使いというのなら、名前くらいは知っているかもしれない。


 店員が口を開こうとして────しかしその口が店長の名前を紡ぐことは無かった。


「…………その声、もしやヴァイスかい? ヒッヒッ、一体いつの間に帰って来てたのさ」


 しわがれた声と共に、店の奥から見覚えのある老婆が姿を現した。


「…………エスメラルダ先生……?」


 ────エスメラルダ・イーゼンバーン。

 俺やジークリンデの恩師であり、かつては『帝都で最も優れた魔法使い』と呼ばれていた、魔法学校きっての才媛。


 …………この店、先生がやっているのか?

 ローブを作ってるなんて話、当時は聞いたこと無かったな。

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