第20話 始業式
聖煌学院は進級しても基本的にクラス替えは行われない。ということは、一年時のクラスがそのまま二年時のクラスになるということ。そして担任も変わらない。
普通クラスから選抜クラス、選抜クラスから特進クラスに昇格した生徒は何人かいたようだけど、クラス替えの案内を見た限りでは、二学年の中で降格したのは私だけだった。
全国の中でも上位の進学校である聖煌には、勉学で遅れをとるような劣等生はいないと言っても差し支えないほど、優秀な生徒ばかりだ。テストの異常な平均点の高さがそれを物語っている。
学業に対して意識の高い人たちが集まっているのに、その中で赤点を連発するような劣等生が一人でもいたら、粒よりの集団の和を乱す厄介者として疎まれるのは必然。
それに加えて、頭だけでなく素行も悪いとなれば印象は最悪だろう。
やはり他クラスでも私の噂が広まっていたようだ。きっと周りの子たちは皆、私に対して同じような思いを抱いているに違いない。
よりにもよってなぜコイツが同じクラスなのかと。
言葉で言い表さなくとも、生徒たちが教室に入ってきた途端に醸している雰囲気や視線、態度で、私を敬遠していることは明白だった。
しかも、誰よりも早く登校しているという遅刻魔らしからぬ行動に、困惑しているような表情を浮かべる人もちらほら。
私だって、神坂さんと一緒に登校するという仕事がなければ、こんな時間に一番乗りで来たりはしない。
幸いにも、私の席は一番後ろだった。
クラス全体を俯瞰的に見れるのは、浮いている私にとっては都合がいい。
誰と誰が一緒にいるのか、教室のどこが溜まり場になりやすいのか、どんなグループがいるのか。元1年E組のクラス内カーストを客観視できる。
けれど、それが把握できたところで何がどうなるというわけでもなく、私だけが除け者扱いされるであろう現実はおそらく変わらない。
すでに形成された輪の中に無理やり入ろうとは思わない。
明らかに私を避けている面識のない子たちと、わざわざ仲良くするために自分の人格を押さえつけてまで上辺を取り繕うつもりもない。
思えば、中学時代から友達が多い方ではなかったし、一人でいることが苦ではないから、頑張って人間関係を一から築いていく必要はないかな……。
昔の私を知っているような友達でもいれば、気兼ねなく連めるのだろうけど。
何せ学院での私は、不良かつ問題児というレッテルで名が通ってしまっているので、こちらから話しかけたところで、よそよそしい態度をとられるのは目に見えている。というか、実際そうだ。
教室に誰かが来るたび、いちいち警戒された視線を感じるのも鬱陶しいので、担任の先生が来るまで机に突っ伏すことにする。
居た堪れない気分はある程度覚悟していたけど、ここまで居心地が悪いとは……。
しかし、そんな空気も最初だけ。日が経てば、私の存在もそれなりにこのクラスに馴染んでくる、と思う。
先生がやって来たのは、ホームルームが始まる一分前だった。
今年度もよろしくとか、ほとんど同じ顔触れだけど変わらず仲良くやっていきましょうとか、当たり障りのない挨拶をして今日の予定を連絡する。
担任の先生は見覚えのある中年男性だった。確か、日本史教諭の
おっとりしていてマイペースで、授業が緩やかに進んでいくので申し訳ないけど私はよく寝ていた。杏華さんとはまた違った穏やかさを感じる人だ。
始業式の時間が近付き、各自講堂へ移動していく。
本校舎から少し離れた場所にコンサートホールのような講堂があり、全校生徒がすっぽり埋まるほどの広さで、入学式や卒業式のほか大規模な講演やイベントなどもこの場所で行われる。
講堂は一階席と二階席に分かれており、一階席の前半分が一年生、後ろ半分が二年生、二階席が三年生と座る場所が決まっている。
しかし、新一年生はまだ入学していないため、各学年が一つ前の区画へ詰めて座ることになる。
始業式が始まるまで、普通にお喋りしている人たちもいれば、スマホをいじっている人もいて、それぞれ好きなように時間を潰していた。
ちなみに、スマホの持ち込みは基本的にOK。もちろん、こういった式典や授業の最中に触るのは禁止。
もし発覚したらスマホ没収どころか厳罰を科され、当然内申点にも影響する。校則が緩い分、少しでも抵触すればキツいお灸を据えられてしまう。
この極端な飴と鞭が、生徒たちがやるべき時と気を抜いて良い時のメリハリをしっかりつけられている要因の一つなのかもしれない。
その証拠に、間もなく式が始まろうとしている雰囲気を察して、会話をやめたりスマホをしまったりしている。
そして時間になり、始業式が始まった。
学院長の話、教務主任の話、新たに赴任してきた教員の紹介など、これといって特別なこともなく、粛々と進められていく。
一応、皆大人しく静聴しているけど、お偉いさんの話を真面目に聞いている生徒なんてどれくらいいるのだろうか。
私はというと、開始五分で目蓋が重くなった。どうして大人の話はこうも睡眠欲を掻き立てられるのか。
睡魔に逆らえなくなり、少しだけ目を瞑ろうと思った時だった。
「続きまして、生徒代表より挨拶を頂きます」
式も後半に差し掛かり、滞りなく進行のアナウンスが流れる。
薄目で壇上を眺めていたら、見知った人物が登壇していた。演台まで歩いていくその姿は堂々としていて、気品を感じさせる佇まいには人目を惹きつける何かがある。眠気が一瞬で吹き飛んでしまった。
「改めまして、本年度の生徒会会長に就任いたしました、神坂夕莉です。
本日より新学年としての生活が始まります。春休みは進級に向けて、有意義な時間を過ごせたでしょうか――」
マイクに乗る彼女の声は、落ち着いた中にも自信を感じさせる強さがあり、滑舌も良く聞き取りやすかった。明らかに、初めて人前で話す人の態度ではない。
なるほど、神坂さんは生徒会長だったのか。
在校生代表として入学式に出席する理由がわかった。
お嬢様で容姿端麗で料理もできるうえに、頭のいい生徒会長という肩書きも付いてしまえば、もうハイスペックすぎて非の打ち所がないんですけど。
……いや、彼女は性格に少々難がある。あの氷のように冷え切った表情と態度さえ改めれば、第一印象がもっと良くなるのに。
……って、何で私は神坂さんの粗探しをしているんだ。でも、完璧に見える彼女に欠点の一つでもないとあまりに不公平すぎて、同じ人間なのかと疑ってしまいたくなる。
そうだ、彼女は才色兼備ではあるけど温厚篤実ではない。少なくとも私の前では。
……うん、神坂さんにだって短所はある。
勝手に自分の中で納得いくような結論を出したところで、ちょうど生徒代表挨拶が終わった。
その後も問題なく進行していき、始業式は無事お開きになった。出口に最も近い三年生から順番に、講堂から退出していく。
教室に着き、辰巳先生が戻ってくるまで再び机に突っ伏す。やることがないって、それはそれで辛い。
これまではアルバイトを理由に授業を欠席、早退していたし、少しでも空き時間があれば居眠りしていたから、暇な時間はなかった。
けれど今は、途中で帰る必要もないし、別に眠くもない。バイトがなかった中学時代はどうやって過ごしていたっけ。
暇の潰し方を考えていたら、先生が戻ってきた。騒がしかった教室内が静かになる。
教壇に立った彼は、明日以降の予定や連絡事項、新学期の抱負などを話し、すんなりと解散を告げた。
待って、早い。普通なら早く帰れて喜ぶところだけど、神坂さんを待たないといけないのでまだここに残らなければ。
周りの子たちは終礼が終わるやいなや、帰り支度をして各々席を立ち始めている。
この後はどうしようか……。椅子から立ち上がれずにいた私は、なんとなく眺めていた教室の喧騒の中に、懐かしい顔を見た。
「あれ……雪平?」
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