第48話 どうしてお前なんだ

 前回までのあらすじ。


 荻野に、ファーストキスを奪われました。


 ……以上。


 解散。


 ……できたらどんなによかったか。


 しばし楽しそうに唇を合わせていた荻野は、俺がぴくりとも抵抗しなくなったのに気がつき、顔をあげる。


「あれ? 真壁? 死んだ?」


「……死んでないよ」


 途方に暮れすぎて、メンタルは死ぬ寸前だけど。


 アイスクリーム屋でバイトを始めてからというもの、何故かモテ期の襲来していた俺は、口では加賀美さんを好きと言いつつも、やはり心のどこかで、「このままだと、いつか誰かとキスする日も来るのでは?」と期待していた節があった。


 俺にとってはファーストキスだ。

 頑張って告白をして、それが加賀美さんになればいいと、密かに夢抱いていたというのに……


 まさか。荻野だとは。


 なんで荻野なんだ? どうしてこうなった?


 冷静になりつつある頭には、疑問符が次々と浮かんでくる。

 その様子に、荻野がおずおずと口を開く。

 喋ろうとしているだけなのに、荻野の唇が動くたびに、身体がびくりと反応してしまう。

 端的に言えばビビっているし、同じくらい、ドキドキもしている。


「……真壁。イヤだった?」


 伺うような声音と瞳。


「あたしのこと、キライになった?」


「…………」


 ここまで強引にしておいて、それを聞くのはずるい。

 なんとも言えない生温い空気の中、俺は口を開く。


「……嫌いになんて、ならないよ……」


 なるわけ、ないじゃん。

 こんなにドキドキしてるのに。


「ふふ、よかったぁ。真壁に嫌われちゃったら、どうしようかと思った!」


 「ははっ!」と悪びれる様子もなく、爽やかに銀髪が揺れる。

 その笑みが眩しくて、愛らしくて、荻野のことを初めて『女』だと意識している自分に驚いて、動けない。


 だが、気になることがひとつ……


「……なぁ。もし今日、出勤してるのが、俺じゃなくてむつ姉だったとしても、同じことしたの?」


 停電して、雷が鳴って。心細くなって、どうしようもなく誰かに縋り付きたい気持ちになったときに、たまたま傍にいたのが俺だった。

 荻野の想い人である、むつ姉にちょっと似ている、親戚の俺がいた。


 だから、勢い余ってキスしたくなった。

 そういうことなんじゃないの?


 その問いに、荻野は。


「は? するわけないじゃん」


「え。なんで」


「だって、そんなことして六美さんを困らせたくないし、怖がらせなくないし」


「は? 俺はいいわけ?」


 ……わけがわからないよ!


 呆然とする俺に、荻野は照れ臭そうに頭を掻く。


「だってさ、真壁は、その……許してくれそうじゃん? だから、なんていうか……甘えちゃった♡」


 てへぺろ、みたいに舌を出すと、真珠のような舌ピがきらりんと煌めいた。

 ついさっきまで、俺の口に入っていた舌だ。

 なんとも言えない心地になる。


「抱き着いたらさ、なんか安心して、あったかくなって。雷こわい気持ちがどっかいったんだよ。あたしって、昔色々あって、暗いところと雷と……屈強な男が苦手なんだ」


 ……それは確か、前に的場さんから聞いたような……

 中学の頃の、トラウマってやつだろうか。


「でも、真壁の腕の中は怖くなかった。むしろ、『ああ、安心するなぁ』って思ったの。そしたらなんか、ムラムラしたっていうか、唐突にキスしたくなって……よく見たら六美さんにも似てるしさぁ、考えだしたら止まらなくなって……でもでも! 誰でもいいってわけじゃない! あたしは、真壁だからどうしようもなくキスしたくなったの! って。あはは、ごめ~ん……ノリですることじゃなかったね。……許してぇ?」


 その、どうしようもない開き直りっていうか、あっけらかんとした態度に、俺は言葉を失う。


 だが。


(あ〜……あぁ、あぁぁ〜〜っ!)


 これだから、荻野は。


 欲望に忠実で、奔放で、自由で。楽しそうで、悪びれもしなくて。


 だからこそ、だからこそ……


(あぁぁああ〜〜っ!!)


 くそ! 恨めない!


 それどころか、前より好きになりかけている。


 声にならない声しか出てこない俺に、荻野がきょとんと問いかける。


「ひょっとして、初チューだった?」


  俺は、ため息と共に答えた。


「……ひょっとしなくてもそうだよ。やってくれたな、バカ荻野……」


「わ。ごめん!」


「何度も謝らなくてもいいよ。別に、減るもんでもないし……」


 と。終わってしまった今なら、言える。


 照れを隠すようにそっぽを向くと、荻野はふにゃりと、甘えるように笑った。


「へへ。やっぱ真壁、優しいね。好き」


 ああ、くそ。

 そんなお前だから、嫌いになんてなれないんだよ。

 ……バカ荻野。

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