第31話 まさか、彼氏?
水曜日。俺は放課後、アイス屋前の小休憩スペースで人を待っていた。
今日はバイトはお休み。この後、荻野と服を買いに行くことになっている。
『あと少しで着く』
荻野からのメッセージは、いつもシンプルだ。
男友達とやりとりしているような安心感がある。
とは言っても、女子とLINEでやり取りするなんて、ついこないだまでは、むつ姉と母親(そもそも母は女子じゃねー)を除けば、そうそう機会がなかったわけだし、慣れろっていう方が無理な話だ。
未だに坂巻と白咲さんへの返信には、かなりの気を遣う。スタンプやら可愛い絵文字やらが付いてて、いちいち戸惑ってしまうから。
その点、荻野は謎の安心感があった。
スマホを手に到着を待っていると、ミニ丈のチェックスカートが愛らしい、銀髪のJKが現れた。
「ごめん、お待たせ〜」
ゆるっとネクタイを巻いた首元から、鎖骨とシルバーアクセを覗かせて、荻野が手を振る。
俺は椅子から立ち上がり、眼鏡を押し上げた。
「ん。そんな待ってないよ」
「はは。その仕草、生で見たの初めてだわ。ガリ勉くせ〜」
「仕方ないだろ。この眼鏡、重いんだ」
「ま。その厚さならそうなるか。でも、眼鏡の下は〜?」
パッ、と。素早い動きで、眼鏡を掻っ攫われる。
「案外可愛い! さすが六美さんのお気に入り。眼鏡フェチを仕留めるギャップ萌えフェイスってやつか? 死ね! あたしの嫉妬の炎に焼かれろ!」
「あっ。ちょ、こら。眼鏡返せって。マジでほんと何も見えない……!」
俺から眼鏡を奪って、くるくると楽しそうに回る荻野。俺はなんとか眼鏡を奪い返し、再び目頭を押し上げる。イタズラ好きな荻野にジト目を向けて、
「死ね、は理不尽」
「ごめん。言いすぎた」
「怒ってないよ。荻野の冗談にいちいち怒ってたらキリないし。悪気がないのはわかってる」
「そういうとこ好き」
気を取り直して、俺たちは駅の反対側にある大きな商業施設を目指した。
◇
最近リューアルしたばかりという、ファストファッションの店を集めたフロアで、比較的お財布に優しい、GUやらユニクロやらZARAやらを案内されるままについていく。
「これは?」とか聞かれたところで、「わからない。似合うのかな?」と、聞き返すことしかできない。
荻野曰く、興味のある無しは努力でどうこうなるもんじゃないから、まぁ任せろってことらしい。
ちなみに荻野は、ファッションには興味がある方だ。元バンギャ……でも、ゴリゴリの鋲が散りばめられてる系はオススメしないから、安心しろってさ。頼りになります、先生。
「マネキン通りでもイイけどさ、それだとやっぱちょっと物足りないよなぁ」
「ごめん。何がどう物足りないのかわからないから、もう全部任せていい?」
「ほんっと、興味ゼロなんだね。連れ回し甲斐なぁ〜い」
「なんか、ほんと、サーセン……こういうの、ほんと門外で。今日は勉強させてもらいますんで……」
「そういうとこまでガリ勉かっ」
甲斐がない、と言う割には楽しそうに、荻野は次の店を目指した。
さっきまで見ていたファストファッション店よりはお高い、お洒落で、大人っぽい感じの店。それ以上は、俺にはよくわからない。
荻野は、その小洒落た雰囲気に臆することなく、ずかずかと店の奥まで足を踏み入れる。
そして、店員さんのひとりに声をかけた。
「
まさかの店長呼び出しに、ぎょっと固まる俺。
荻野パイセン、何するつもりなの……?
「荻野の妹が来た、って伝えてもらえますか?」
店長の知り合いらしき荻野に、丁寧な笑みを浮かべて、店員さんは店長を呼んできた。
奥から、見るからにお洒落な、髪色の明るいお兄さんが現れる。見た目はすごく若い。大学生? いや、店長なんだから、一応社会人なんだろう。
お兄さんは、荻野を見るなり「ヤハー!」と軽い挨拶を交わす。荻野は小声で「店長の的場さん。兄貴がマブなんだ。あたしも仲良し」と耳打ちした。
的場さんは、見た目どおり多分陽キャなんだろう。そのまま接客もできそうな明るいトーンで、荻野に声をかける。
「リョーコちゃんじゃん、久しぶりぃ〜!」
「兄貴と一緒に、バンドのライブ観に行って以来っすかね」
「なになに? 今日はどーしたん……」
にこにことしていた、的場さんの目が俺に止まる。そして、的場さんは、ぽかーんと呟いた。
「えっ。リョーコちゃん、そっちの彼、まさか……彼氏??」
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