第10話 早起きは三文の徳?

 咽る少女の背中を優しく摩りながらも、新九郎はその瑞々しい柔肌に見惚れていた。確かに少女を見ていた筈だったのだが、彼の脳裏には別の人物が浮んでいたのだった。

「やす……」

 一瞬、何か思い出しそうだったが、結局何も記憶は戻らなかった。


「少しは、落ち着いたか」

「はい」

 少女の呼吸が整ってきたので、新九郎は意識を現実に戻し彼女の背中から手を放した。

「わ、私はお務めが御座いますので。失礼致します」

 言うが早いか、少女は川縁へと顔を真っ赤にさせて駆けて行ってしまった。そこで簡単に水を払うと、手際よく下着と巫女装束を纏っていった。


 全てを着終えると、未だに川の中に佇む新九郎に向けて、ぺこりと頭を下げた。

 少女は顔の赤さがばれてしまうのではないかと不安だったので、頭を上げるとすぐに彼に背を向けて小走りでその場を後にした。


「おおお、男の人のアレを初めて見てしまいました」

 口にするとまた、潜った時の光景が頭に浮かび顔が熱を帯びて真っ赤になってしまった。

 少女は顔を手で覆い隠して走っていくのであった。


 少女を見送った新九郎は川で褌をじゃぶじゃぶと洗ってきつく絞った。そして自身の体に残った水を軽く払い手ごろな岩の上へ褌と共に大の字で寝そべった。

 降り注ぐ日差しと通り抜けて行く風が何とも心地よかった。水浴びで冷えた肌が徐々に熱を取り戻していく過程は、得も言われぬ爽快感が伴う。


「んんん~。爽快爽快」

 四半刻程転がっていた新九郎は突如立ち上がり、大きく伸びをした。褌を確かめると大方乾いていたので腰に巻き付けて締め上げる。

「よし、いい塩梅だ」

 そして、半乾きの髪を適当に纏め、結い紐で大雑把に髷を結った。


「日輪様に恥じぬ行いを致します故、今日も良き日にならん事を」

 新九郎は褌一丁で、太陽を睨みつけるようにして大きな声で言うと、二度礼をして目を閉じた。呼吸を整えて目を開くと降り注ぐ陽光が祝福の様に思えるのだった。

「今日も良き日じゃ、有難し」

 微笑んだ新九郎は、着物を身に着けると小助のあばら家へと帰っていったのだった。


 家に帰り着いた新九郎は用意されていた膳をみて戸惑いを禁じえなかった。

「なあ、小助殿。今日の朝餉あさげはいつもより多くないか?」

「そりゃまあな。今日から仕事に付いて来るのだろう? 朝はしっかり食わねば力も出ぬという事よ」

 何やかんや言っているが、要は小助が新九郎の事を心配して多く用意しただけの事である。


 そうして、いつもより多めの朝餉を済ませた二人は、小助の仕事場である宮前町へと向かうのであった。

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