宮前乃新九郎

第9話 出会い

 薄明るくなってきた時分に新九郎は目を覚ますと、家を出て川へと赴いた。手頃な大きさの岩によじ登り、着物を脱ぎ捨て褌一丁で東の空を睨み付けていた。


「日輪様の御降臨じゃ」

 日の出に合わせて新九郎は黙祷する。暫くそうしていた彼の耳に水音が聞こえてきた。

 目を開けた彼はそこに天女を見た。陽光に照らされた肌は輝いていて、解いた髪はお尻を半分隠している。

 ゆっくりと振り返った女の乳房は想像よりも小ぶりで、下の毛も生えていない事からも少女であると窺えた。

「きゃっ!」

 少女は新九郎の視線に気付くと慌てて川に腰まで浸かった。


「やや、これは済まぬ。ひょっとしてここは社領であるのか?」

 川縁に畳まれている巫女装束が目に入り、新九郎は立ち入ってはいけない場所なのではないかと思い声を掛けた。

「いえ、御裳濯川みもすそがわは如何なる支配も受け入れない、皆に開かれた川に御座います」

 少女は律儀に彼の問いに答えた。

「だが、巫女の水垢離みずごおりの場を穢す訳にはいかぬな」

 彼は岩の上に腰掛けた。

「ふふ、残念ですが今は巫女としてではなく、ただ個人としての水浴びですから、見てても面白くありませんよ。ご心配なさらずにお入り下さい」

 少女はそれだけ言うと、相変わらず腰まで浸かったままで水浴びを再開したのだった。


 新九郎は褌を解くと着物の上に放り、荒く結っていた髷を解いて頭を振る。長い毛が背中を擽った。前髪を手櫛で後ろに流して視界を確保すると、岩から降りて川へと入った。中程まで進むと彼の胸辺りの深さだったので、そこで潜って全身を清める事にした。


 息の続く限り潜っていた新九郎が頭を水面からだすと、少女が近くで心配そうに見つめていた。

「大丈夫で御座いますか? 中々上がられないもので、もしやと思いまして」

「やや、これは驚かせてしまいましたな。わたくしは潜りには些か自信がありまして、いつもこうして全身を清めているのですよ」

 彼の言葉に少女はほっとした様子だった。


「それは、とても効率的ですね。えいっ」

 笑みを浮かべた少女は、新九郎の真似をしてその場に潜った。

『ザバン』

「やや、いかがなされた」

 潜ったと思った少女がすぐに大きな水音と共に飛び上がって来たのだ。

「ごふぉ、ごほごほ。ちょっとびっくりして水を、ごほごほ」

 咽返っている少女は背中を向けていたので、彼はその背中を優しく摩った。

「大丈夫か。勢いをつけ過ぎたのだろうな」

「えっええ、そうやもしれません」

 俯いて咽ている少女は耳まで真っ赤にしていたのだった。

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