Final Phase アダムの嘲笑
「結局、胸糞悪い事件でしたね。」
「確かに、人気女優が犯人だと世間の風当たりも強いだろう。ちなみに、『劇場版ダンシング大捜査線2』は代役を立ててクランクインするらしい。」
「まあ、そうなりますよね。ところでこのロシアンクッキー美味しいですね。」
「芦屋の大丸で売っていた。それだけの話だ。」
「なんか芦屋ってだけでグレードが上がる気がします。もぐもぐ。」
「ところで乃愛ちゃんは私の住まいを芦屋だと思っているようだが、私の家は西宮北口だぞ。確かに阪急でも3駅程度で到着するから不便は感じていないが。」
「そうでしたね。仕事場が芦屋だからなんか勘違いしていました。」
そうこうしているうちに、私の元にお客様がやってきた。
「大阪府警の赤城翠星だ。今回はプライベートとして君の家にやってきた。」
「あの時の刑事さんですね。今更説明はいらないです。」
「そうだ。一連の事件を解決したことに対するお礼がしたくてね。たこ焼きを買ってきた。食べるといい。」
「矢っ張り大阪ってたこ焼きなんですね・・・。」
「そうだ。芦屋に神戸はスイーツが美味しいと聞いた。今度僕にもオススメを教えて欲しい。」
「赤城さんって、意外とそういうのが好きなんですね。」
「まあな。刑事は思考回路を動かすために糖分が必要になる。だから僕たちが甘党になるのは当然の話だ。」
「分かります。私、今『パンドラの匣』のラストを書いているんですけど、このラストを書くのに袋入りチョコレート10個は食べましたからね。小説家にせよ、探偵にせよ、糖分補給は大事です。」
「コホン。レンジでたこ焼きを温めておいたよ。ここに置いておくから。あっ、私も1個頂いちゃおうっと。」
「乃愛ちゃん、そういうところがちゃっかりしてるんだからっ。」
「小説家のアシスタントなんて、ちゃっかりしていないと務まりませんよぉ。」
「確かにそうだな。」
「それは兎も角、今回の事件を解決に導いたとのことで、大阪府警から表彰状を貰っている。新堂警部から『君に渡して欲しい』との伝言を受け取って、この仕事場に来たんだ。」
「ありがとうございます。表彰状はこの手できちんと受け取りました。」
「ところで、本業の方はどうなんだ。」
「もう笑いが止まりません。あの事件以降私の小説は売れに売れまくってますからね。特に『盲腸の馬鹿』が凄い売り上げです。」
「
「まあ、時代が私に追いついたということにしておきます。」
「阿室さん、僕に『パンドラの匣』を読ませてもらえませんか?」
「ダメです。自分で買ってください!」
「分かりました・・・。」
そうこうしているうちに、私のキーボードは『パンドラの匣』に対して「(了)」という文字を打とうとしていた。
この文字が打たれた瞬間、私の小説家人生は大きな賭けに出ることになる。
仮にこの作品がヒットしなければ、私の小説家人生は
そんなことを考えながら、私は『パンドラの匣』に対して「(了)」の文字を打った。
後は溝淡社に書類を提出するだけだ。
「もしもし、溝淡社ですか?阿室麗子です。」
「阿室さんか。もしかして、新作小説が描き終わったのか!?」
「はい、色々ありましたが無事に『(了)』の文字を入力することができました。今から郵送するので、明後日には届くと思います。」
「分かった。君の小説生命を賭けた超大作、とくとこの目で読ませてもらうよ。」
そして、私は芦屋郵便局へと向かった。
「すみません、これ、溝淡社に郵送してください。」
「分かりました。明後日には溝淡社の方に届くと思います。そういえば、君は『神戸のホームズ』だったな。先日の大阪連続バラバラ殺人事件の解決、お見事だった。」
「あれから私の小説は売れに売れまくっています。そしてこのタイミングで新作小説を出すとなったら、世間の注目は凄いものになるでしょうね。」
「そうだな。私もあの推理ショーを見ていたが、君は話も上手いんだな。」
「ええ。じゃないと探偵は務まりませんから。」
「それは兎も角、この原稿は確かに溝淡社の方に届けておくから。」
「ありがとうございます。」
こうして、私は『パンドラの匣』を溝淡社へと送った。
「阿室麗子から原稿が届いたぞッ!」
「ああ、神戸のホームズこと阿室麗子の新作小説か!」
「タイトルは『パンドラの匣』だ!至急、校正に回すように!」
「分かりましたッ!」
話題の人物から送られてきた新作小説の原稿に、溝淡社は沸き立っていた。
「それと、文庫版『盲腸の馬鹿』の増刷も頼むぞ!」
「『盲腸の馬鹿』ですが、東竹映画の方で実写化するというのはどうでしょうか?」
「それはいい考えだが、まずは原作者への連絡だな。話はそれからだッ!」
「はいッ!」
大阪連続バラバラ殺人事件を解決に導いたということもあり、阿室麗子の世間での評価は「売れない小説家」から「神戸のホームズ」へと変わっていった。
その頃芦屋では・・・。
「新作小説の話、どうなってるんですかー!」
「大阪連続バラバラ殺人事件を題材に書こうと思ったよ。でも、流石にこのタイミングで書くのは拙い。もう少し別の手立てを考えるよ。」
「そのセリフ、聞き飽きましたー!」
「それは兎も角、テレビを見てみろ。」
「またそうやって話を逸らす!」
「いや、これは乃愛ちゃんにも見てほしい。」
ブラウン管には、西九条悦子、もとい、九条涼子が映し出されていた。
あれから、多少の報道規制はあっても西九条涼子に対する報道は加熱する一方だった。
「そういえば、今日判決ですね。」
「ああ、そうだ。」
「一体彼女にはどれぐらいの刑が出されるんでしょうね。」
「8人も人を殺したんだ。流石に死刑だろう。」
「ですよね・・・。」
そう言いながらテレビを見ていると、速報音と共にテロップが表示された。
『JNNニュース速報 女優の西九条悦子(本名 九条涼子)被告に対して死刑判決。』
「矢張り死刑か。当然の報いだ。」
私は、複雑な表情だった。
人気絶頂からの転落というのは想像できる。けれども、今回彼女を死刑に追い込んだのは私の責任である。もしかしたら、私は、人気女優を死刑に追い込んだ探偵としてバッシングされるかもしれない。そして、九条涼子があの世へ行くとき、どんな表情をするのだろうか。もしかしたら、あの自白の時のように世間を嘲笑う表情をするかもしれない。
そんな事を思いながら、私は煙草に火を点けた。(了)
※この作品はフィクションです。実際の登場人物・団体等は関係ありません。
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