Phase 02 神戸のホームズ
兵庫県芦屋市。
閑静な高級住宅街として知られる街である。
例の震災の時に壊滅状態になってしまったが、復旧工事が進んでいるお陰で現在では元の綺麗な街並みを取り戻しつつある。
「それにしても、『神戸のホームズ』を名乗っているのに芦屋住まいなんだな。なんだか西宮に本拠地があるのに大阪のチームと思われている阪神タイガースみたいだ。」
「ちなみに彼女の出身地は西宮らしいぞ、赤城刑事。」
「そうですか・・・。
表札には「阿室」と書いてある。彼女の仕事場で間違いないだろう。
僕はチャイムを押した。
「すみませーん、大阪府警の赤城翠星と申します。」
「あっ、もしかして刑事さんですか。ちょっと待ってください。」
ドアが開くと、短髪の
女性は透けるような白い肌をしていた。華奢な体型も相まって、死者のような佇まいを見せていた。
女性は話を続ける。
「私が阿室麗子です。大阪府警の刑事さん、例の連続バラバラ殺人事件の捜査協力を依頼しに来たんですか?」
「あぁ、まさしくそうだ。話が早いと助かるよ。」
「私もあの事件の推理で新作小説の脱稿が遅れている状態なんでね。こうして大阪府警の刑事さんが直接来てくれると推理が捗るよ。」
「そうですか。それはともかく、中に入ってもよろしいでしょうか?」
「もちろん。お茶を用意しますから待っていてください。」
僕たちは阿室麗子の仕事場の中に通された。
書斎兼仕事部屋兼応接間と思しき場所には、
「すげー。京極夏彦の小説がほぼ全巻ありますね。」
「赤城刑事、こっちにはシャーロックホームズ全集が綺麗に並んでいます。」
「刑事さん、お疲れ様です。私の書斎で何か気になる本はありますか?」
「寧ろ君が書いている作品を一度読んでみたいものだ。」
「私の小説が読みたいなんて、刑事さんも物好きですね。そうだ、名前を聞いていませんでしたね。あなた達の名前を聞かせてもらうと助かります。」
「僕は赤城翠星だ。一連のバラバラ殺人事件を追っている刑事だ。よろしく頼む。」
「僕の名前は
「早速だが。阿室さん、この資料を見て欲しい。第1の事件の容疑者リストだ。」
「えーっと、容疑者は8人か。ふむふむ、全員が怪しそうですね。」
「でしょう?僕も正直資料を作っていて頭を抱えています。」
「事件発生時刻が2001年1月10日10時頃だと仮定して、事件現場にいたのがこの8人っていうことで間違いないんですね。」
「まさしくそうだ。」
「うーん。もうちょっと詳しい資料があれば私の推理が冴えわたるんですが、このリストだけじゃなんとも言えません。」
「とりあえずこの8人に事情聴取を行ってもらおうとは思っています。」
「そうですか。さすが刑事さん、話が早いですね。」
「それはともかく、君の小説を少し読ませてもらってもいいか?」
「えぇ。好きなだけどうぞ。どうせ私は売れない小説家だし。」
こうして僕は『盲腸の馬鹿』を読み始めた。
とある病院で盲腸の患者を狙った連続殺人事件が発生。頭を抱えた警視庁はとある売れない小説家に事件の推理を依頼する。
容疑者として挙げられたのは3人の看護師。しかし、当然ながら3
事件が混迷を極める中、なぜ犯人が盲腸の患者ばかりを狙うのか、そして事件を追ううちに犯人の過去が明かされる。犯人もまた、盲腸で入院した経験を持っていたのだ。
そして、その小説家の推理によって事件は解決。意外な犯人が面白いと僕は思った。
恐らく主人公である売れない小説家、中尊寺麗子のモデルは阿室麗子だろう。
「私の小説を真面目に読むなんて、結構な物好きがいるんですね。」
「あぁ、とても面白かった。なぜ売れないのか僕には分からないよ。世間体がミステリー小説を求めていないとか?」
「その可能性も考えたんですけどね。世間が私の小説のことを『駄作』と認めている以上、恐らく私は三文小説家なんですよ。今『パンドラの匣』という小説を書いていますが、これがヒットしなければ私は筆を折ります。」
「それは
「同人か。その発想はなかった。」
「コミックマーケットとかで出店すれば、そのうち君の小説を評価する評論家が出てくる
「刑事さん、ありがとうございます。真逆あなたたちから創作活動のアイデアをもらうとは思いませんでした。」
「あぁ、すまない。話が
「分かりました。このリストを元に推理を進めていこうと思いますので少しお待ち下さい。」
「犯人の特定まで、どのぐらい時間がかかるんだ。」
「それはなんとも言えません。ほら、テレビを見てください。」
僕は、電源が点いていたテレビの画面を見る。
テレビの画面は、NHKのニュース速報が流れていた。
「大阪で発生しているバラバラ連続殺人事件ですが、
そして、僕の無線に新堂警部から連絡が入る。
「赤城刑事、神結刑事、今芦屋の阿室麗子の仕事部屋にいると言ったな。もしかしたらテレビでニュース速報を見ている可能性が高いかもしれないが、道頓堀で6人目のホトケが見つかった。至急、大阪府警に戻って欲しい。」
「ど、どういうことなんだッ!」
「しかも道頓堀って難波の中心地ですよね。どういう状況で見つかったのか気になります。」
「そうだな。とりあえず、僕たちは大阪府警に戻るから、そのリストを元に推理をお願いするよ。」
「分かった。私に任せて。」
こうして、僕たちは大阪府警へ
「それにしても、あの女性ってなんだか不思議な印象ですね。」
「阿室麗子のことか。」
「はい。まるで人間じゃないような、妖精とか魔女とかそういう印象を持ちました。」
「神結君、結構不思議な
「率直に感じた感想だから仕方ないじゃないですか。」
「まあ、それはともかく無事に捜査協力も依頼できたし、後は彼女に託すだけですね。でも、飽くまでもこれは大阪府警の管轄の事件だから、最終的な事件の解決は僕たちに委ねることになるんですけどね。」
「それは確かにそうだな。でも、彼女なら何か解決してくれそうな気がしなくもない。」
「そろそろ大阪府警が見えてくる頃合いだ。私語を
「分かりました。」
「それにしても、あの刑事さんが私の小説に対して良い評価を下すなんて、世の中には物好きがいるんですね。」
私はうすしお味のポテトチップスを頬張る。
「それって、所謂お世辞ですよね?」
乃愛ちゃんが、対抗するようにコンソメ味のポテトチップスを頬張る。なんとなく、ポテトチップスの味について敵対心を抱きたいと、私は思った。そして、思わず乃愛ちゃんに対して意地を張ってしまう。
「いや。乃愛ちゃん、あれはお世辞ではない。」
「もう、麗子ちゃんったら意地っ張りなんだからっ。」
私の意地は看破されてしまった。
私は少し咳払いをして、話を続ける。
「コホン。それは兎も角、先程発生した殺人事件も含めて、連続バラバラ殺人事件の整理を行っていきましょうか。」
私は6人の死体のプロファイリングを始めた。
発見場所、事件発生時刻、そして被害者をメモ帳に書き写していく。
プロファイリングの結果は以下の通りだ。
【第1の死体】
発見場所 大阪城公園
事件発生時刻 2001年1月10日 正午頃
被害者 大坂亮一(システムエンジニア)
【第2の死体】
発見場所 阪急十三駅前
事件発生時刻 2001年1月10日 午後5時~6時頃?
被害者 桜宮和子(中学校教諭)
【第3の死体】
発見場所 国際トレードセンターの空きテナント
事件発生時刻 2001年1月12日 午前8時頃
被害者 森宮匠(建築デザイナー)
【第4の死体】
発見場所 西九条の遊園地工事現場
事件発生時刻 2001年1月13日 午後6時頃
被害者 鶴橋千春(公務員)
【第5の死体】
発見場所 西成区の簡易宿泊施設「青鷺」
事件発生時刻 2001年1月14日 午前4時~5時頃?
被害者 寺田真澄(医者)
【第6の死体】
発見場所 道頓堀の橋の下
事件発生時刻 2001年1月15日 午後3時頃
被害者 天王寺博史(IT会社社長)
「まぁ、こんなところかな。ちなみに今日は2001年1月16日だ。今のところ事件は起きていない。」
「さすが麗子ちゃん。プロファイリングが早い。」
「あぁ。推理小説家だからな。これぐらい基本中の基本だよ。」
「6人がなぜ殺されたのか、もうちょっと調べてみる必要がありますね。」
「それなら問題ない。大阪府警から膨大な資料を受け取っている。この資料を元に事件を振り返っていこう。」
「とりあえず、プロジェクター用意しますね。」
「乃愛ちゃんは仕事が早いから助かる。それと、ホワイトボードも用意してくれないか。」
「分かりました。」
私は、プロファイリングした事件の概要をホワイトボードに書き出した。
何か共通点がある訳ではないが、微かな可能性だけでも見つけ出したかった。
「ホワイトボードに事件の概要を書き終わった。」
「こうやって見渡すと、6人も殺されているんですね・・・。」
「ああ、そうだ。そして、一連の事件の被害をこれ以上出さないためにも、プロファイリングは重要なんだ。」
「じゃあ、1人目の被害者から振り返っていきましょうか。」
「そうだな。」
プロジェクターの電源を入れる。
ウォーミングアップには数分かかる。
「このプロジェクター、もう少し使いやすくならないんですか。」
「技術には限界がある。今の技術だと最短2分のウォーミングアップが限界なんだ。」
「なるほど。」
「安心しろ、そのうちプロジェクターにかかるウォーミングアップ時間が0秒になる時代が来るかもしれない。その時までの辛抱だ。」
プロジェクターのウォーミングアップが完了した。
スクリーンに、自分のパソコンの画面が映し出されている。
そして、例の被害者リストのエクセルファイルを開いた。
「被害者は6人。殺人現場はバラバラ。まあ、死体もバラバラだし。」
「麗子ちゃんって、意外とダジャレ言うんですね。」
「関西人だ。ダジャレの一つぐらい言ってもいいじゃないか。」
「くすくす。」
「何がおかしいんだ。」
「な、何でもないですよぉー。」
「コホン。それは兎も角、6人の死に様を振り返っていくか。何かが見えてくる可能性もあるし。」
「そうですね。」
「ところで乃愛ちゃん、スクリーンからどけてくれないか。君の躰が光学迷彩になっている。」
「あっ、すみません。」
「そして、ワードを開いて・・・っと。今から、6人の被害者のまとめを書いていくから、乃愛ちゃんも見るように。乃愛ちゃんには少しショッキングな死に様も含まれているかもしれないが、現実を受け入れるしかない。」
「わ、分かりました・・・。」
――こうして私は、第1の事件から順に振り返ることにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます