第48話 お仕置きたーいむ。
乾いた木の枝を折るような、小気味よい音はしない。想像したよりも、鈍い音が聞こえるんだね。同時に、お貴族様閣下の表情が
「――ふっぐぅうう」
なんだよ。耐えろよ、お貴族様だろう?
「あよいしょ。よいしょ。よいしょっと」
「――ぐっがぁぅうう」
立て続けに3本、合計4本。指を折らせてもらった。全部、第一関節から曲がっちゃいけない、真横に向けてね。今みたいに力が強くないと、無理な方法だよね。俺の今の筋力だとさ、案外簡単にできるもんなんだ。コインを折り曲げたりは、できそうもないんだけどね。
「痛いよね? 話す気になった? 『
確認すると、一瞬で折れた指が完治する。すげ、こんな感じに治るんだ? 変な方向に折れ曲がってたのが、あっという間に普通に戻る。きっと、痛みもなくなったんだろうな。ちなみに、骨折は『
「だ、誰かおらぬのか?」
「あのさぁ? ここって防音効果が高い離れなんでしょう? 外に誰もいないのを確認してるし、お屋敷からはちょっとばかり離れすぎてはいないかな? 『離れ』だけにね」
「――ぷぷっ」
あ、ロザリエールさんが吹き出した? 面白かった? 俺の駄洒落。
「それで、俺のこと知ってるんでしょう? タツマだよタ・ツ・マ。タツマ・ソウトメ」
「お、お前が我が父を殺害したあの――」
「今更かよ? ってあの年配の男性、亡くなったんか? でもあれってさ、事故だって聞いたよ? 回復属性の魔法が使える人がさ、治療にあたってるから心配しないで欲しいって、勇者様付の事務官、ネリーザさんが言ってたんだよ。そりゃさ、踏んじゃった感触はあったよ? けどあれって、俺が悪いわけじゃないじゃんか? 無理矢理召喚した、この国の誰かが悪いわけでしょ?」
「勇者様、……でございますか?」
あ、そっか。ロザリエールさんは知らないんだっけ。
「俺はね、元々はこの世界の人間じゃないんだ。もちろん、勇者様でもないんだけどね。勇者様だったら、こんな目に遭ってないと思うし……。この国がね、別の世界から『勇者召喚』をするために、何らかの魔法を使ってね、俺はその儀式に巻き込まれただけなのよ。被害者ってわけ」
あぁ、ロザリエールさんが頭抱えちゃってる。
「ほら、ロザリアさんが困ってるじゃないか? どうしてくれんだよ? あのとき俺が間違って踏んじゃった年配の男性のことを言ってるなら、そりゃ筋違いってもんだ。あんたらがな、無理矢理召喚なんてしなけりゃ、俺は巻き込まれなかった。あんたのお父上がね、俺に踏まれて亡くなることもなかったってわけだ」
「そんなことは知っておる。だからといって、勇者でもないただの一般人の貴様に踏まれて死んだなど、不名誉なことがあってはならんのだ」
あー、本音はそこか。お貴族様は、死ぬのにも理由がいるのかよ? こりゃ平行線かな? 名誉とか、建前とか、そんなのが絡んじゃったら、どうにもならんわな。
「駄目だこりゃ。ごめん、ロザリアさん。ナイフ貸して」
「よろしいのですか?」
「うん。別に大丈夫だよ。俺にとってこいつは『蘇生の検証実験に使った川虫』みたいなものだから」
ロザリエールさんから受け取ったナイフ。うん。よく斬れそうだわ。
「俺がたちがさ、どうやってあんたらを捕らえたと思う?」
「知らん」
「知ろうともしないのな。こうやって、一度死んでもらったんだ、よ」
「そ、そんなわけ」
「あのさ、俺を殺そうとしてたんだからには、殺される覚悟はしてたんだよね?」
俺はもう一度、タオルをお貴族様閣下の口にねじ込んだ。そのままナイフを右肩にぐさっ。お貴族様閣下は『ぐがぁ』って漏らすけど、そんなこたぁおかまいなしよ。
「この際だから、ほかの検証作業もやってしまいますか。ナイフが刺さったまま、回復するとどうなるのかな? っと『ミドル・リカバー』」
これは興味深い。徐々にナイフがせり上がってくるんだ。抜けたと同時に、服に染み付いた血まで消えていく。
「ほほー、こんなふうになるんだ。じゃ、ここはどんな感じになるのかな? っと」
俺はそのまま、お貴族様閣下の股間を、今の俺の筋力で目一杯踏み抜いたんだ。うわっ、あのときよりも、気持ち悪い。何か漏れ出してきたし。
「――ぐっぎょぉおおおおおっ」
ビクビクと痙攣したかと思ったら、そのまま泡を吹いて、首がかくんと横向いちゃった。地獄の苦しみってヤツなんだろうけど、あー嫌だ嫌だ。俺は絶対に味わいたくないね。
「あれ? もしかして、……まじか? やばいかも、っと『
白目をむいてたお貴族様閣下の意識がはっきりしたのか、おそらく痛みが瞬時になくなったからか、怖がってるような表情になってる。
『漫画とかでそんな描写はあったけど、玉潰されてショック死とか、本当にありそうだな、やばいやばい。まぁ、楽には死なせてやんないよ――ってくっさ。漏らしたのは戻んないか、うん『
面白い現象が起きた。漏らしたしっこが、お貴族様閣下の体内に戻っていくんだよ。匂いもなくなった。これ、ある意味凶悪だ。何やらまた、苦しそうな顔になってるよ。ややあって、落ち着いた表情になってるから、もっかい股間を目一杯踏み抜いた。
「――ぐふぁ」
泡吹いて口をぱくぱく。また死にそうになってる。
「おい、ケルミオットさんとやら。あんたの主人は、また死にそうだぞ? こらえ性がないんだな? 大丈夫か? こんな領主で?」
横向いてこっち見てたんだね? あ、しっこ漏らしてやんの。だらしない執事だな、こいつ。ロザリエールさんも耐えかねて、ドアの近くから俺の方へ来ちゃったよ。こんな場合、これが使えないかな? 俺はケルミオットさんとやらに近寄って、背中を触って。
「んっと、さっきみたいに。『
俺はお貴族様閣下のときみたいに、ケルミオットに再生をかけた。うめき声上げてるから、結構苦しいのかもしれないわ。
「あ、忘れてた」
俺はお貴族閣下のところに来て、どっこいしょとしゃがんで。左手の指は、お貴族殿下の頸動脈へ、右手でアイアンクロー状態にして。
「ほりゃ、『フル・リカバー』。ついでに『リジェネレート』」
いやもう俺ってば、目の前のお貴族様閣下のこと人間扱いしてない、川虫や黒光りする油虫と同じレベルに思ってるんだろうな。全然罪悪感を感じないんだよ。何て言うか俺。これからどんな善行積んでも、地獄へ真っ逆さまだよな。これだけ命を
お貴族様閣下の意識が戻る。股間から漏れ出たものも、時間を巻き戻したかのように逆回し現象。
「痛かった? 痛かったでしょう? さっき。……どう? 何度か死にそうになった感想は? まだ俺のこと殺そうとする?」
「…………」
「あのさ? うちの大事なロザリアさんに何してくれてんのよ? 切羽詰まった彼女の状況を弄んで、楽しいか? ん? 答えろよ?」
「…………」
「『魔石中和法魔道具』だっけか? 報酬ちゃんと用意してたのか? ん? どうなんだい?」
「…………」
「答えろよ? 黙ってたらまた玉潰すぞ?」
「…………」
「ケルミオットさんとやら、このお貴族様閣下は何も答えちゃくれないんだけど。魔道具、用意したのか? 正直に答えないと、お貴族様閣下の
「い、いや。用意をするように指示は受けていない。だから用意はしていない」
「なーんだ。結局嘘じゃないか? なんだかんだ、煙に巻こうとしてたんだな? 言えよ? ほら」
「…………」
俺はお貴族様閣下の股間に体重をかけてやった。痛みの記憶はあるんだろうけど、首を縦に振ろうとしないのは、生まれついてのお貴族様閣下だからなのか? よくわかんね。
「んもう、わがままだなぁ、……あのさ、これ読めるかな?」
俺は、インベントリから取り出した、ある書面を目の前にかざした。目が動いてるから、読んでるのは間違いないね。
「この書面にはね、『両国の争いごとに関して、その決定権をタツマ・ソウトメに委任する』って書いてあるんだ。俺がね、『宣戦布告しても構わない』って書いてあるんだよ? 署名のところ読めた?」
こくこくと頷くお貴族様閣下。
「俺がそう決めたら、このダイオラーデン王国は、俺の後ろ盾をしてる存在と、争うことになるんだ。『エンズガルド王国、公爵、プライヴィア・ゼダンゾーク』閣下の署名入ってたでしょ? それが、お相手」
プライヴィアさんって、王家の出だったわけね。俺も驚いたんだけどさ。旦那さんは多分、何番目かの王子殿下なんだろうね。
「どう? まだ俺のことを殺したい? ロザリアさんのことを欺したい? エンズガルド王国と戦争したい?」
お貴族様閣下は、首を横に振る。そりゃそうだよね。あんたの我が儘で、国一つ滅ぶ可能性があるわけだから。俺は争うつもりはないよ。いまのところこの国には、知り合いが3人いるからね。
「それじゃ、責任を取りに行こうか?」
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