第16話 網の目の大きさ。

「それでね、リリウラージェさんったらね、彼氏ができたっていうのよー」

「それはうらやまけしからんですねっ」

「そうなのよ。どこに落ちてたのかしら? ずるいったらありゃしないのよ」


 明日俺は全休日だから、帰りに酒場でお酒を飲んでる。もちろん、ひとりじゃないよ? 俺とジュリエーヌさんがメサージャさんを指名して、ボックス席で飲んでるんだよね。二人はこうしてほぼほぼ毎週、一緒に飲んでるみたい。そこまで仲が良くなっただなんて、知らなかったよ。


 午前中に悪素毒おそどく治療の依頼が多くないときは、ジュリエーヌさんとお昼ご飯も一緒に取ることが多くなった。こうして女性と話す機会が増えて、この世界も捨てたもんじゃないなって思うようになったよ。


 ホワイトな職場に恵まれていたけど、それなりにぼっちだった日本にいたあのときよりは、健全な生活を送ってると思う。ただ、MMOができないし、マンガもラノベも読めない。アニメも見ることできないから、こう時間の空いた夜は暇でしょうがない。だから飲みにでも行かないと、辛いっちゃ辛いんだ。娯楽が少なすぎるんだ、こっちの世界は。


 俺が座るボックス席の向かいに、並んで座ってるジュリエーヌさんとメサージャさん。この酒場は酒はもちろん、おつまみもそれなり以上に美味しい。それにここの飲み代はギルド持ちなんだよ。美人さん二人を愛でながらの、タダ酒が美味い。


「聞いてます? タツマさん?」


 急に話を振られて正面を向くと、ジュリエーヌさんが身を乗り出して、俺の頰を両方の手のひらでぎゅっ、ぐりぐりっと、もてあそぶように押しつぶしてるんだ。痛くはないんだけど、お酒飲みにくいからちょっと困る。


 顔が近い、照れる。けど、そういうシチュエーションじゃぁない。かなりお酒の匂いが漂ってくる。こりゃ結構飲んでるな? 飲み代がギルドだって知ると、際限なく飲むようになったもんねぇ……。


 だからもちろん、これは単なる絡み酒。職場の後輩が酒の力を借りて、鬱憤を晴らしているようなもの。決して色っぽいもんじゃない。最初はちょっとは、期待したけどさ。そんなんじゃ、なかったんだよ。


「ふぁい?」

「彼氏さんですよ? 彼氏さん。うらやましいと思いませんか?」

「そうですよっ。ずるい、私だってね、リリウラージェさんに負けてないと思うんですよっ」

「あなたたちお二方はそうかもしれないけどさ、俺は男だから、彼氏は別に裏山とは思わないんだけど……?」


 ほらね、色っぽくないでしょ? それに俺男だし。別に、彼氏ほしいと思わないもんね。


「私たちは女なんですよっ?」

「そうなんですよっ?」


 ほらきた。ジュリエーヌさんの肩越しにメサージャさんが連動するように参戦してくる。メサージャさんが話してるときは、ジュリエーヌさんはお酒を煽るように飲み干す。と思ったら今度はメサージャさん。二人は一緒にグラスを高く持ち上げると、カウンターを振り向く。


『『お代わりっ』』


 店員さん、ごめんなさい……。


 ほら、この二人、すっごく酔ってる。けど、すっごく酒強いんだよ。これまで、二人が酒で潰れたのを見たことがないんだ。これって確か、ザルっていうのかな? そのザルを表現すると『網の目の大きさが、人一人通れるくらいに大きいんじゃね?』って思うくらいに。


 ここのお酒は、火酒と呼ばれる強い酒じゃないから、いいところ5%あればいい方だと思う。口当たりがよくて、水みたいにすいすい飲める。元々俺は、洋酒党だったし、この程度の強さじゃビールみたいなもんだから、トイレ行ったら抜けちゃうんだよ。


 この世界に来てから、その傾向は強くなった。どんだけ飲んでも、部屋戻ったらもう抜けてるんだよね。まぁ、その理由はなんとなくわかっちゃいるんだけどね。


「飲んでますか?」


 あぁあああ……、飲んでます、飲んでますから。グラスにどぼどぼ注がないでってジュリエーヌさん。


「はいはい」

「あのですねっ」


 とかいいながら、俺の口にフォークみたいな(多分フォークなんだろうけど)もので刺した肉を、唇こじ開けるようにして、ねじ込んでくるんだ。美人さんに食べさせてもらえるとはいえ、こんなに微妙で嬉しさのない『あーん』はないだろうな。


「ふぁぃ」


 こうして週末の俺の夜は、いつものように更けていくんだ。


「わかってますか?」

「ずるいんですよっ」


 この状態がしばらく続くだけでさ、二人ともやっぱりかなり酔ってるよ……。


 ▼


 酒場を出て部屋に戻って、その頃にはもう酒がほぼ抜けてる。飲み足りないから、先月インベントリに入れた買い置きの酒を取り出す。ついでに備え付けの皿に、串焼きを3本ほど。その横に、柔らかい干し肉。これでぼっち酒は準備完了。


 相変わらず、取り出した状態は熱々。酒も冷えたまま。ぐいっと飲むと、安い割に味もなかなかどうして。これは癖になるかもな、一人飲みも悪くないと思ってるから。


「うん。串焼きうまうま。酒もいいわー」


 インベントリから、リズレイリアさんより預かった魔道書を取り出し、気になっていたページを開く。これ、『回復属性の魔法が使える者のための魔道書』というものだとわかったんだ。そうタイトルが書いてあるわけじゃないんだけど、そんなふうな内容になってるんだよね。


 これがなぜ読めたか? それは物語によくありがちな、『テンプレ』というものだと思う。おそらく、『この世界の言葉を理解する何らかのフィルター』ってやつ。その上で、こいつが読めるようになるだけの、魔法属性レベルの高さが必要なんだろうと思ったわけさ。


 本の冒頭部分に書いてある魔法を取得する方法は、『魔法陣を適切な手法を用い手でなぞる』、その後に魔法陣の一番上に書いてある『魔法の名を口にする』というもの。こいつは手書きの魔法陣だから、魔道書によって覚え方が違うのかもしれない。適切な手法というのは、この魔道書に書いてあるけど、魔法陣をなぞる際に、『手に魔素を流しつつ』という意味らしいんだ。


 で、……だ。まずは、こいつ。補助的な呪文なんだけど、これ単体では何の意味もない。これを発動させたあとに、対象となる呪文を重ねがけするわけだ。まずは、『個人情報表示』の画面にある回復属性の先に、登録する必要があるわけだな。


 『個人情報表示』を出した後、右手の指先に魔素が流れるようにしてから、魔法陣をゆっくり上から順にぐるりとなぞっていく。そして最後に魔法の名前を口にする。


パルス脈動式補助呪文


 うん。登録された。なるほどね。こうやって魔法を取得するんだ、こっちの世界では。ただ、その魔道書にある正しい手法を試して、取得できるかどうかはやってみないとわからないんだろうな。


 ついでに、この呪文は、俺が最近使えるようになった『ディスペル解呪』がないと、停止させられないって記述があるんだ。思ったよりもヤバい補助呪文なんだよ。いや、補助呪文というより『のろい』かもだわ。呪文を『呪』と『文』に分けたら、『呪い』と同じような意味があるように思えたんだよ。


 なぜ『呪い』だと思ったかって? そりゃさ、解除できなかったらどうなると思う? おそらく、魔素が枯渇するまでずっとってことだよ。解除を忘れたら、もれなく枯渇。ぶっ倒れて動けなくなるんだ。ヤバすぎる。ヤバすぎるだろう? ヤバすぎるんだけど、面白そうだ。……よし、試してみようか。


「『パルス』、『リカバー回復呪文』」


 お、おぉおおおお。おおよそ10秒間隔で、『リカバー』分の魔素が減ってる。要は、『リカバー』がかかり続けてるんだ。やばいなこれ。慣れないと、……あ、酒が抜けたような感じ。やば、目が冴えてきた。うわ、もったいねぇ。


「『ディスペル』、……ふぅ。使い方間違えると危ないかもな」


 あと、慣れも必要だな。常に回復魔法をかけ続ける必要性。……あ、スキル上げか。使えるな、これ。『パルス』以外にも、ちょいとヤバそうな呪文がある。明日以降、登録してみようと思うわ。使い道が全くわからないけどね。


 さて、眠くなって来たから、今日はおしまい。ベッドにごろんと横になって、目をつむったらすぐに眠くなってきた。


「――ふぁあああっ」


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