第17話 ユートピアの全貌

警察は内偵探査をしてから動く。


逮捕までには一定の時間を必要とするが、


店に突入してからの展開は見事だった。


またいつもの営業中止かと思っていたら、


今回ばかりは違った。


アパートの部屋に逃げ帰ってくると、


大急ぎで服を着替えた。


心身の傷を洗浄する為に、


毎晩海水に浸りたい気分だった。


窓ガラスに張りついた無数の雨粒が、


粒子の荒い画像を見ているような


気分にさせる。


冷蔵庫から缶ビールを取り出して飲んだ。


何をしていても時間は過ぎてゆく。


馬鹿げた映画のセットのようなこの部屋で、


アルコールを胃に流し続けた。


ドアノブも缶ビールも、


手に触れるもの全て冷たかった。


テレビをつけると不審船が映っていた。


国籍不明の船が


違法操業を行っている映像だった。


壊れた屋形船のような木造船に乗り、


漁師と思われる男達が、


命懸けで魚を釣り上げている。


そのみすぼらしい光景は、


見る者に衝撃を与える。


青い海に白い波の泡を描きながら、


海域で繰り広げられる国境の舞。


経済状況と共に


海は拡大と縮小を繰り返してきた。


私達の生活は不用意に脅かされる。


部屋の明かりを消して


ベットの上で目を閉じても、


瞼の裏が引きつって眠れない。


万華鏡を覗いた時に見える


模様みたいな物が次から次へと


浮き出てくる。


結局、明け方まで寝返りを打ち続けていた。


翌朝、目覚まし時計が鳴る前に目覚めると、


郵便受けに新聞を取りに行った。


昨夜から今朝にかけて、


一つの感情が長続きしない。


焦り、苛立ち、劣等感。


感情の喪失を繰り返していた。


この10年間、


ずっと寂れた商店街の中を


彷徨っていただけに思えるのだった。


社会が求める理想にはなれない。


若さを手放した女の人生は


曲が終わったレコードのように味気ない。


おばさんからお婆さんまでの長い時間を、


無音のまま回転し続けてゆく。


旬と盛りが過ぎ去っても、


目の前にはいつも具体的な現実があった。


とにかく生きていかなくてはならない。


茶番や混沌に巻き込まれてる暇はない。


持ち帰った朝刊を広げると、


昨夜の出来事が早速活字になっていた。




G駅の構内にあるコインロッカーから、

切断された左右の乳房が発見された。

左右に500グラムずつ

合わせて1キロのコカインを詰めた

ゴム手袋が、

シリコンの中に埋められていた。

取り引きの仲介場として使用されていた

雑居ビルの廃墟からは、

女の遺体が発見された。

遺体は全裸の状態で左右の乳房が

えぐりとられていた。

遺体には死姦の痕跡があった。




私がずっとアユミだと思っていた人物は、


カタカナ表記の長い名前で、


一度読んだだけでは覚えられなかった。


新聞に整形前の写真が掲載されていた。


警官が持っていた写真と同じだった。


私が店で接していたのは、


架空の人物だったのではないかと疑う程、


何もかもが違っていた。


かくして事件は起こった。


しかし実像はまだ見えていない。


事件の全容がわかるようになる為には、


未知なる学力を必要とした。


記事の終わりはこう締めくくられていた。




N市のビジネスホテルで起きた事件との

関連性を視野に入れて、

捜査は続いている。




活字の羅列を眺めながら、


被疑者死亡の文字だけが心に残った。


遠い昔、違法薬物は薬局屋で


簡単に手に入れることが出来た。


徹夜しても疲れない体が欲しいとか、


集中力を必要とする時に重宝した。


効果が出るのが早かった為、


せっかちな国民性に合っていた。


しかし経済が発展すると、


薬は何かをする為の手段ではなく、


薬そのものの服用を目的とする使い方に


変わっていった。


現実逃避への手段、心地よい陶酔感。


やがてそれは常習性を伴う病となり、


人の人生から多くのものを奪っていった。


自宅のテーブルの上には、


定番として使い続けている文房具や


箱のティッシュなどが乱雑に置いてある。


ノートパソコンを開いて、


求人を検索する。


何を決心しても、


また無駄になるだろうか?


そう思って一点を見つめたまま、


ぼーっとしていた。


カレンダーが先月のままになっていた。


死の文字が頭をよぎる。


結論を早まってしまいそうになる。


視線をパソコン画面に戻すと、


次の仕事を探した。


1日8時間の労働。


休憩1時間。週5日勤務。


朝夕の満員電車。消化出来ない有給。


毎日の残業。


そもそもこの働き方が辛いのだ。


パソコン画面の前で、


単行本が一冊読み終えるくらいの長さ


座り続けていた。





















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