第16話 再び廃墟

外はどしゃ降りの雨が降っていた。


空に亀裂が入り、


そこから大量の水が漏れてきたみたいな


降り方だった。


地面を叩きつける雨が、


無数に重なり合い激しく濁る。


街全体にモザイクがかけられたような


大雨が降り注ぐ中、


次の生活のことを考えていた。


一之瀬の逮捕とアユミの不在は


何か関係しているのだろうか?


アユミとは他愛もない話など


したことがなかった。


口を開けば悪態をついた。


必要なことだけを喋るのは難しい。


シャッター通りに差し掛かると、


暗いアーケードの中を、


痩せ細った犬がうろついていた。


肉球をヒタヒタと鳴らしながら、


こちらへ近づいて来る。


毛は抜け落ちて斑になり、


あばらが浮き出た胴体は、


不健康を通り越して瀕死に近かった。


眼球が飛び出しているのかと思う程、


落ち窪んだ目は、何も映していない。


わずかに営業している


商店の前までやって来ると、


換気扇の前で暖を取り始めた。


その姿に寒気がした。


どんなに醜くても、


命が尽きるまでは死ねない。


人生に意味はない。


途中で死ねないから生きるだけ。


この街の景色には、ある特徴があった。


それは何の前触れもなく


凶悪事件が発生するということ。


未然に防ぐことが出来ずに


手遅れになってしまっている。


何かある度に


防犯カメラの台数は増え続け、


補填的な対策が


そこで暮らす人々の生活を圧迫した。


過去の経験はほとんどの場合


活かされることがなく、


不要な緊張とストレスで、


外に出るだけで何となく疲れてしまう。


雨が弱まる気配はなかった。


水が排水溝から勢いよく流れ出ている。


私の足は自然と廃墟に向かっていた。


壊れた扉から中へ侵入すると、


雨の音が小さく聞こえた。


雨の夜に訪れる廃墟は、


いつにも増して静かだった。


鼻を啜る音さえ響く。


現実に不満があっても、


人目を盗んでここへ来ると、


ささやかな達成感があった。


むしろそれ以外に


人生のよりどころを発見していない。


よく訪れているから、


何が新しく加わって


何がなくなっているのか、


わかるようになっていた。


階段の踊り場に視線を向けると、


マネキンがいなくなっていた。


つい最近まで


無表情でポーズをとっていたマネキンが、


忽然と姿を消していた。


あんな物、


持ち帰る人がいるのだろうか?


その時、


階段の上から何かが軋む音がした。


ギィィィィィィィィィィィィィィィ。


犬や猫が入り込んだのだろう。


個人的な好奇心から


気配を消して二階へ上がると、


物音がする部屋を覗いた。


薄暗い部屋の奥には、


いつも路上ですれ違う男がいた。


男はうつ向いて自分の股間に熱中していた。


こちらには気付いていない。


大人になっても


それが治らないような手つきで


忙しなく擦っている。


普段、路上ですれ違う時に見せる


身体的特徴とは大きく違っていた。


決して現実とは関わらずに


生きていくと思っていた男が、


歪んだ現実の中で、


グロテスクな関り合いを見せている。


男の行動の裏にある心理。


欲望を処理する為の


自然行為と見なければならなかった。


男はマネキンと交わっていた。


私の脳みそは、


その光景を激しく拒絶した。


嫌悪感とバカらしさを同時に感じ、


急に難しいことでも考えないと


やっていられない気分になり、


無性にイライラした。


よりどころを汚された気がした。


私は男に気付かれないように廃墟を出ると、


雨の中を走った。


悪夢のようだった。


顔に降りかかる雨が矢のように、


空っぽの心に突き刺さる。


夢中で駆け抜ける私の横を


二台の緊急車両が通り過ぎて行った。

















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