第10話 興奮すると恐ろしい

開店前の更衣室で、


寿司にフォークを突き刺して、


不味そうに食べるアユミの姿があった。


この芝居じみた態度は


どこからくるものなのか。


先程アーケードで目にした


真っ赤なワンピースを着ていた。


この日は珍しく


アユミの方から話し掛けてきた。




「面白い記事があるんだけど」




そう言ってアユミが差し出したのは、


「母子が餓死する経済大国」の文字が踊る


週刊誌だった。


G市内のアパートで20代の母親と


乳幼児が餓死した事件だ。


発見時、


冷蔵庫にはマヨネーズしかなかったという。


こういった記事を面白いと思える


アユミの神経に苛立ちを覚える。


私の胸に静寂が降りてくる。


暫し沈黙が流れると、


突っ慳貪な口調でアユミが言った。




「聞いてんの?」




周囲の女達がクスクスと笑う。


この店で幾度となく


茶番に付き合わされてきた。




「その事件なら知ってた

特に面白いとは思わなかったけど」




そう伝えると更衣室に冷たい空気が流れた。


忍耐力が試される。


アユミはあからさまに


不機嫌な態度を示すと、


すれ違う人を殴りかかる勢いで


更衣室から出て行った。


残された女達も


ばつが悪そうに黙りこくると、


支度を整えてそそくさと出て行った。


誰もいなくなった更衣室で、


私は何かを決意すると、


ドレスの胸元を引き上げて


頬の筋肉をほぐした。


店内にはダイアナの歌声が響いていた。


常連客とデュエットしている。


仕事柄、昔の曲に関する知識は豊富だ。


ダイアナに注目が集まっているせいか、


アユミの存在が普段より薄く感じられた。


それでも目が合えば


冷たい視線を向けてはくるが。


それは体に染みついた


習慣のようにも思えた。


金になりそうな客の前では、


態度をはっきりと変える為、


今夜は手頃な客が


いないだけなのかもしれない。


痩せ過ぎた体を強調させる


タイトなワンピースは、


体の線がはっきりとわかる為、


肌と一体化して見えた。


リサイクル缶のように凹んだ腹と、


細い体に不釣り合いな胸の形が、


独特の輪郭を生み出している。


丈の短いワンピースは


座ると太ももの半分が露出した。


足を組み替える度に下品な下着が見える。


その度に、


ダンボールハウスで用を足す


アユミの姿を思い出した。


何も映していない瞳は、


人間に近づこうとして作った


アンドロイドのようでもあり、


不気味さと同時に虚しさや冷たさを


感じさせるのだった。


整形で似たような雰囲気を持つ女は、


この業界に掃いて捨てるほどいる。


新興国のモーターショーでよく見掛ける


コンパニオンのような顔立ちで、


同じ国の女達とは骨格からして違った。


本当に同じ民族なのかと疑う程、


生き物の種類が違って見えた。


アンドロイドや宇宙人のような顔をした


印象に残らない美女が多い。


その独特な容姿を


気にならない人もいるが、


苦手な人もいる。


地味でも


人間味のある顔がいいと言う客は


一定数いた。


いつの時代も女は愛嬌なのかも知れない。


店に来る客の中には、


特定の意識を拡張する為だけに


来店する客もいた。


いわゆる疑似恋愛というやつだ。


本来の目的から離れて、


店に通うこと自体が


癖になってしまっている客もいた。


オーナーの一之瀬が


私のいるテーブルにやって来ると、


私宛に電話が掛かってきているから、


席を外すように云われた。


接客を中断して店の電話に出ると、


受話器の向こうから美山の声がした。


電話に出ている間、


アユミと数回目が合った。


平凡な顔の私が


顧客から指名を受けているのが


面白くないのだ。


店のグラスを拭きながら、


聞き耳を立てている一之瀬は、


バブル期を彷彿とさせる


派手な色のスーツを着ていた。


店を離れて展開してゆく関係を


いつもなら良しとしない一之瀬も、


美山に対しては態度が違った。


それは大口の客であるという以上に、


美山の人間としての濃さだった。


昨夜も店にやって来て、


ガードではなく現金の束で支払った。


店も細かいことには


こだわらないようにしていた。


美山が好みのホステスと


トイレにしけ込んでも、


周囲は早く終わらないかと思う程度で、


誰も気にしてはいなかった。


電話を切ると一之瀬に、


外で美山が待っていることを伝えた。


昨日に引き続き慌ただしく店を出ると、


背後からお疲れさんと声が掛かった。




































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