第9話 意味ありげな廃墟

夕刻になると、


いつも同じ気分で出掛けてゆく。


太陽が一日に二度昇る気分だ。


外は突き刺すような風が吹いている。


同じ色の建物が並ぶ住宅は、


緑色の金網に囲まれている。


周辺の景色と馴染まない緑色の金網。


車体に社会法人と書かれた車が


目の前を通り過ぎてゆく。


茶色い葉を付けて整列する街路樹。


全てがモノクロームに見える。


進学塾の前を通りかかると、


自転車のサドルに跨がった子供達が、


パンやおにぎりを食べていた。


個性を尊重しようと書いてある


みすぼらしい看板の下で、


年相応の健康的な食欲を発揮している。


23才までに


人生の半分が決まってしまう子供達は、


まだ10代だというのに


店に来る客と同じ雰囲気を漂わせていた。


いつも同じ場所ですれ違う


路上生活者の男は、


今日も荒れた手でズボンの股間を


触っている。


働ける機会もなく、


福祉の対象からも外されて、


どこまでも孤立してゆく。


条件を満たさない者は、


生存することさえ許されない。


このまま


苦しみを選び続けることは可能だろうか?


寒い夜もシャッター通りの片隅に


ダンボールを敷いて眠っている。


いつもの街角で男とすれ違う度に、


身が縮む思いがする。


中途半端に人を殺すのは


辞めて欲しいと願う。


哀れむ感情自体が、


下火になっている世の中。




「バケーション!バケーション!」




突如、周辺に不愉快な声が響き渡った。


異国の女達が警察と張り合っている。


警察は女達の正体を見抜いているようだ。




「休暇で来てるのに何で働いてるの?」




女達は急に日本語が話せなくなると、


職務質問の最中だというのに


鞄の中からライターを取り出して、


煙草に火をつけた。


開き直りの姿勢で悪態をつくと、


路上に唾を吐き捨てた。


それを警察が注意すると、


刺青の眉で睨んだ。


ところが一人の女が態度を急変させると、


残りの二人も態度を一変させた。


泣き落としに入った。


家には米一粒もないと言って悲願した。


女達がどんな生活をしていようと、


不法就労を見逃す訳にはいかない。


女達も本当は気付いているはずだ。


こんなことを続けていても


人生はよくならない。


しかし他に方法がない。


海を渡って罪を犯す者達の


差し迫った状況。


女達は警察の誘導で


パトカーの後部座席に収まった。


狭い路地から緊急車両が発進してゆく。


数人の野次馬がその様子を見ている。


こんな時、


私達はちっとも文化的じゃないと感じる。


嫌なものを見てしまった。


自宅から繁華街へ向かう道中。


私が時折訪れる場所がある。


シャッター通りと呼ばれる


寂れた商店街の片隅に、


ひっそりと佇んでいる


4階建ての雑居ビルだ。


廃墟になってから既に10年は経っていた。


工事が終了する前に社長が死亡したという


曰く付きの物件だ。


死後、借金が明るみに出て工事は中断。


その後は放置されたままになっていた。


部屋は一通り完成しているが、


窓に人影はない。


この地域一帯の雰囲気を


取り仕切っているかのような佇まいで、


鉄骨の墓場と化していた。


時代が回収し忘れたものとして、


周辺の景色に溶け込んでしまっている。


放置されたまま色あせた外壁が、


時の流れを物語っていた。


経済の速度が生み出した事故ともいえる。


こうして借り主を待ち続けたまま


朽ち果ててゆくのだろうか?


建物の下の地面まで


廃墟と運命を共にしているみたいに


寂れていた。


上空から見たらゴミでしかない。


廃墟の入り口は壊れていて、


いつでも中に入れる状態になっていた。


階段には不法投棄の品が積んであり、


誰が置いていったのか?


踊り場には裸のマネキンが置かれていた。


無表情でポーズをとっている。


廃墟に漂う緊張感は


静けさと高揚感という、


相反する感覚を連れてくる。


室内はひんやりとしていて埃臭い。


時間が存在していないみたいだ。


忘れ去られた過去の計画と


破棄された未来が


ただ目の前に広がっている。


どこにも繋がることのない空間。


私はこの場所で気持ちを整える。


職場でも自宅でもないこの場所が、


私には必要だった。


外へ出ると一羽の鳩が


羽を大きく擦り合わせて


飛び立っていった。


暗いアーケードの中を歩いていると、


数メートル先の曲がり角から女が現れた。


丈が短い真っ赤なワンピースの上から、


ボリュームのあるキャメル色の


毛皮を羽織っている。


毛皮と同じ色をした髪は、


膨張して頭が大きく見えた。


ピンヒールに突っ込んだ足は、


細すぎて太股とふくら脛の境界が


わからなかった。


目を引く異様な存在感。


まるで墓場の供物を荒らす餓鬼だ。


女は定まらない足取りで


何かを物色している。


後ろから距離をとって歩いていると、


女はダンボールハウスの前で


立ち止まった。


そこは路上生活者の寝床だった。


悪い予感がして物陰に隠れて


様子を伺っていると、


女は周囲を見渡した。


その時、


女の顔がはっきりと見えた。


アユミだった。


アユミは座り込むと、


ダンボールハウスの中で


勢いよく放尿した。


流れ出たアンモニアから湯気が立っている。


尿で出来た水溜まりの中に、


汚れを拭き取ったちり紙を投げ入れた。


暗いアーケードに浮かぶ下品な下着。


肉の削げ落ちた平べったい尻が、


貧しい景色を引き立てている。


アユミは私の視線に気付かないまま、


その場を立ち去った。


後に残ったのは汚れた寝床だけだった。


ダンボールハウスの主は、


これを人間の仕業だと思うだろうか?


遠くで野良犬が吠えていた。





























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