第6話 一夜の情け

N市は黒塗りのタクシーがよく似合う。


物作りの玄関口に位置する、


プロジェクト進行中のデザイン都市だ。


飲食店の行列が歩道を膨らませ、


行き交う人々が


都市という一つのイメージに


集約されてゆく。


通勤・通学・労働・睡眠・食事


24時間のリズムがパターン化され、


空間を結ぶ動線が張り詰めている。


美山が運転する車は、


カーナビの指示通りに進んでゆく。


画面上は次の十字路を左折するだけだ。


行き交う車のヘッドライトが、


黄色い線を描きながら交差してゆく。


その光景は修正写真のようだ。


美山が暮らすタワーマンションは、


N駅から近い場所にあった。


地下にある駐車場に進入すると、


ヘッドライトが一瞬だけ


浮浪者の顔を照らした。


美山が


華麗なハンドルさばきを披露している間、


助手席の窓から


寒々しいコンクリートの壁を眺めていた。


低い天井と青白い光。


圧縮された空間に音が反響する。


車を降りるとLEDライトの下で、


借り物のドレスが挑発的に映った。


タワーマンションと聞くと、


たくさんあるエレベーターのボタンを


連想してしまう。


開閉ボタンと非常用ボタン、


それに各階に繋がるボタンを合わせると、


数十個もの突起がある訳だ。


エレベーターホールにいる私達の後ろ姿を


防犯カメラが捉えていた。


エレベーターは無音で


最上階を目指してゆく。


開閉扉の近くにある


ステンレスの部分に顔を映すと、


頬がこけて見えた。


耳がおかしくなり始めたと感じた時、


扉が開いて最上階に到着した。


大理石の廊下と白い壁は、


マンションというよりホテルだった。


玄関のドアを開くと、


圧迫感を感じさせない高い天井と白い壁が


目に飛び込んできた。


光や空調といった特定の形をもたない物が


部屋の奥行きを拡張している。


室内に上がるとリビングに通された。


大きな窓ガラスの向こうには、


N市の眺望が広がっていた。


この街に最もリンクしている


ショールームみたいな造りだが、


作家にとって住む場所とは、


そんなに重要だろうか?


美山は冷蔵庫の前に立つと、


ビールと酎ハイどちらがいいか尋ねてきた。


同じでいいと答えると、


洒落たグラスに入ったビールを手渡された。


一口飲むとアルコールが舌の上で弾けた。


グラスを持ったまま


窓ガラスの近くに移動すると、


ビルの谷間に吹く風が


グラスハープのような繊細な音を


立てていた。


地上からこれだけ離れていたら、


毎日機内で寝起きしているような


気分になるだろう。


遥か下を


夜行バスが優雅な速度で走っている。


ブルーライトが車内を染め上げて、


動く水槽に見える。


物質の性質によって分離された速度の風が、


電飾の街を吹き抜けてゆく。


窓ガラスに美山の姿が映った。


憧れの家具や家電でも見ているかのように、


後方から繁々と私の姿を眺めていた。


私が美山について知っていることといえば、


サービス精神が旺盛で


スキャンダルを好むということ。


しかし一緒にいる女達は、


それを望んでいなかったのだろう。


女達が離れてしまった時、


美山は自分自身に原因があると


考えただろうか?


美山は空のグラスを持って移動すると、




「風呂入ってくる」




そう言ってリビングから立ち去った。


突然一人の時間を与えられた私は、


他の部屋を見て回った。


仕事部屋と思われる部屋には、


山積みの資料と開封されていない


封書の束があった。


積み重なった紙類の多さが


物書きとしての能力を測る


バロメーターに思えた。


この部屋で句読点を駆使して、


物語を作っているのだろう。


美山はこの出版不況の中でも、


周囲が引く程稼いでいた。


テレビやラジオ、


講演会の出演料も含めると、


年収はかなりの額にのぼるだろう。


机の上に写真が飾ってあった。


妻と息子が写っている。美山の姿はない。


荷物が雑然と並べられた


バックヤードのような場所で、


学生服を着た少年と


胸にnatural breathと書いてある


エプロンをした女性が、


フレームに収まっている。


少年の顔は美山に似ていた。


リビングのテーブルには、


数枚のレコードが無造作に置いてあり、


廊下の片側には


絵の入っていない額が立て掛けてある。


数少ない家具は、


上から白い布が被せてある物もあった。


ベットとカーテンだけの寝室。


家中歩き回っても、


生活の断片が見えてこない。


浴室から戻ってきた美山は、


腰にタオルを巻いただけの簡単な格好で


リビングの長椅子に座ると、


私にシャワーを浴びてくるよう促した。


照明のせいだろうか?


濡れた髪と体が艶かしく見えた。




「洗っておいで」




私は言われるままに浴室へ行くと、


頭から湯を浴びた。


頭の芯がぼうっとする。


シャワーを止めると


水滴が体の形をなぞって落ちていった。


浴槽は空だった。


蓋が浴室の壁に立て掛けてあり、


普段あまり使用しているようには


見えなかった。


浴室から出ると寝室に移動した。


美山は仕事をしている。


ベットの上に倒れ込むと、


リネンにしがみつくような格好で


暫くフリーズしていた。


そこへ美山が入ってきた。


暗がりから何かを


すくい上げるような動きをすると、


床に垂れていた掛け布団を拾い上げた。


暗がりの中で互いの黒目が


より一層落ち着きを払っていた。


私達は馴れ馴れしい態度で重なると、


意外な性格を楽しんだり、


癖のある要求をしたりした。


それは殆ど快楽であり、


快楽の為だけに存在していた。


体の向きを変える時も、


情熱らしきものを漂わせながら


肉体の深みに浸っていた。


体の中に男を招き入れるというのは、


男の中に入ってゆくことでもあった。


荒々しくもあり、


同時に軽さもはらんでいた。


やがて鋭角な痛みが訪れると、


白濁とした液を


ゴムの中に流し込んだ。


達成感と疲労感。


急速に襲ってくる倦怠感で、


美山の目はゆっくりと曇っていった。


一度冷めてしまえば、


それ自体に関心がなくなり、


精神的な繋りなど


どうでもよくなってしまう。


劇場のような暗室の中で、


私達は瞬く間に眠りについた。



































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