第3話 店の客

外を歩く人の装いは変わっても、


店の中は変わらなかった。


木目を生かした天井と深紅の絨毯。


落ち着いたインテリアが、


地上であるという意識を揺るがして、


海上を渡る船内にでもいるような、


心地よい閉塞感を連れてくる。


狭い店内には、


凝った椅子の配置がしてあり、


座席ごとに眺めが違った。


客同士の視線が合いにくい間仕切りで、


どこに座ってもシャンデリアの


まばゆい光が降り注ぐようになっていた。


顧客リストには客の名前と企業名が


ずらりと並んでいる。


名前を見ただけで、


酒の飲み方や好みの話題まで思い出せた。


この不況でも連日飲みに来る客もいた。


店のイベントや誕生日がある時は、


一ヶ月分の報酬を


一週間で稼ぐこともあった。


客の男達は父親に年が近いというだけで、


皆父親のように見えていた。


男達は私の作った水割りを


美味しそうに飲んでくれる。


手の甲に太い血管を浮かび上がらせて。


世の中には夜の店に通う男達のことを


よく思わない人もいる。


エロや刺激を売る店だと


思っているのかもしれない。


店に来る男達は必ずしも


特別な快楽を求めている訳ではなかった。


話を聞いてもらうと元気が出るといって、


仕事や対人関係の悩みを打ち明ける男も


少なくなかった。


悩みの内容によっては、


豊富な人脈をつかって


人や仕事を紹介することもあった。


男にははったりでもいいから


気迫が欲しいと思っている私は、


全ての働く男達を応援するような気持ちで


店に出ている。


今夜も店内のソファーから、


煙草の細い煙りが立ち上っている。


店のカウンターには


常連客からの土産物だという


異教の神像が置いてある。


この仕事を始めてからいつも、


自分の声が他人の声みたいに聞こえていた。


酒を作って煙草に火をつける。


客がお手洗いから出てきたら


お絞りを渡す。


何気ない会話のやり取りの中にも、


何かが始まる合図がある。


その夜、店にとって大口の顧客である


美山 遥という男が来店した。


小柄で細身だが


セットアップのスーツが


優美な色気を醸し出している。


店の椅子にはリクライニング機能など


付いていないが、


体を最大限にのけ反らしながら、


一皿壱万円もする


果物の盛り合わせを摘まんでいた。


表情からは一つも


楽しんでいるようには見えなかった。


美山は大学を卒業した後、


一度は広告代理店に就職をするも、


40代に入って執筆した小説が


文芸誌で大賞に選ばれたのを切っ掛けに、


勤めていた会社をあっさりと辞めた。


その後本格的な執筆活動に入った。


文壇デビューの翌年から、


文化人として度々メディアに登場しては、


過激な発言で注目を集めるようになった。


現在54才。


妻子持ちだが別居中であり、


つい先日新刊が発売されたと、


新聞に載っていた。


40代でデビューした遅咲きだが、


本屋に行くと著書の多さに圧倒された。


ま行の半数が


美山の本で埋まっている店もあった。


しかし美山は


紳士的とは言い難い男であった。


指名を受けて席に着くと、


胸の谷間にマスカットの粒を挟んできた。


ポマードで固めたオールバックの髪が、


シャンデリアの光を受けて


濡れたような艶を放っている。


細いフレームの色眼鏡が


シャープな顔の輪郭に良く合っていた。


そしてその夜、


不思議な出来事が起こった。


美山は突然テーブルの上に、


日本銀行と書いてある印刷物の束を置くと、


煙草に火をつけた。


手品でも始まりそうな雰囲気の中、


煙草は一度だけ吸って


灰皿の中へ捨ててしまうと、




「ちょっと出ようか」




謎の言葉を残して店を出てしまった。


私は店に断って許可をもらうと、


ドレスの上からコートを羽織って外へ出た。


ベストセラーは万人受けではない。


美山がトーク番組でよく使う言葉だ。


会員制の高級クラブではなく、


地方の渋い店を利用するあたりが


美山らしかった。


過保護にする程、情報は漏れやすい。


美山が車を取りに行っている間、


歩道の隅で待っていた。


客を乗せたタクシーを見送る


他店のホステス達が、


夜の路上で儚げに佇んでいた。


ホステス達はタクシーが見えなくなると、


背中を丸めて店に戻って行った。


辺りには冬の夜空が広がり、


風が吹く度、鳥肌が立った。















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