顔のない死体

谷 久下

第1話 みい子の話

冬、G県G市。女は28才。

話し手の名前はみい子。




私の周りには空気しかない。


G駅へと続く歩道橋を歩いていると、


こめかみの高さに列車が通り過ぎてゆく。


夕刻の駅前は人で溢れ、


液晶画面の明るさが


夜光虫のように浮游している。


この時間帯に


私が考えていることといえば、


今夜は常連から幾らチップがもらえるか


ということだけだった。


歩道橋から見える電光掲示板には、


一日の出来事が光の帯となって


流れてくる。


「汚染ミルクにより院内で乳幼児死亡」


「日本海側に不審船」


「ホテルで女性死亡 体内から違法薬物」


光の帯を目で追いかけていると、


他人の不幸に惹き付けられる。


世の中が変に思えてくる


ニュースばかりだった。


長い歩道橋を渡って階段を降りると、


車道から左右に延びる細い道がある。


それぞれの道には性格があり、


表通りから隠されたように延びる


裏通りに昔の面影はなく、


現代の活気もない。


ネオンが灯っていない場所が


抜け落ちたパズルのピースのようになり、


歪な形で光輝いていた。


近くのコンビニエンスストアからは、


クリスマスソングが24時間漏れている。


表通りと裏通りの分岐点に立つ


黒服の男達。


一歩足を踏み入れると、


そこから先は


アナクロニズムが漂っている。


文字を読み取るのも困難な程、


主張の強い看板が並ぶ路地で、


客引きをする男達と濃い化粧の女達。


そのあまりにも商業的な風景は、


この場所が


アンダーグラウンドであることを


強く印象づけた。


立ち止まる人間は殆どいない。


時折、


間違った道を歩いていることに気付いて、


引き返してくる者もいた。


全国どこにでも似ている通りが多く、


デジャ・ビュを起こしやすいのだろう。


息苦しさを覚える程、


高密度な風景の中を、


ハイブランドの


靴や鞄を身に付けた女達が行き交う。


ブランド品は


成功者のユニフォームであると同時に、


途上国の物でもあった。


繁華街で目にするブランドの数々は、


全てがイミテーションのように見え、


怪しい存在感を放っていた。


雑多な背景が


全てを安っぽく見せている。


LOUIS VUITTONのモノグラムが、


不吉な組織の


シンボルマークに見えるのだった。


今から10年前、


面接を受ける為に訪れた繁華街は、


得体の知れない緊張感に満ちていた。


当時18才だった私は、


報酬に対する激しい期待があった。


しかし夜の街と関わってゆくうちに、


男女関係におけるスピードが


全く違うことに気が付いた。


普通に生きていたら


交わることのない人々との交流は、


不用意に傷付くことも多く、


解消出来ない悩みを常に抱えていた。


暫くは誰からも指名されない日が続いた。


それでも内面の弱さから解放される為に、


ひたすら自由を求め続けていた。


店を変える度に住む場所も変わった。


引っ越しの度に新しい自分のイメージを


持っていた訳ではなかった。


部屋を変えるのが気分転換になっていた。


源氏名は使わずに


本名で店に出ていた私は、


皆から「みい子」と呼ばれていた。


自分の名前は嫌いじゃない。


ホステスをしていると


一方的な評価を受けることがある。


敬遠されたり共感されたりすることは、


よくあることだった。


一番厄介なのは


存在を美化されてしまうこと。


10年経った今も、


勤務先の店が近づいて来ると、


暗い感情が押し寄せて来る。


「クラブ美園」の近くには、


気味の悪い樹木が植わっていて、


季節の変わり目に花が咲いたり、


葉が散ったりといった風情がなく、


建物の陰で栄養状態も悪かった。


葉の付いていない細い枝は、


毛細血管のように広がって、


夕暮れ時に見ると不気味だった。


樹木の根元には


自転車のサドルが捨てられていて、


長い間回収されることなく、


そのままになっていた。


見る度に私自身の憂鬱が、


そこに反映されてゆくみたいで、


心に定着している風景だった。


ただ忘れ去られてゆく為だけに


存在していた。



















  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る