第9話 五輪なき、二〇〇六年
(5)-4
「何の種目? インターハイとか行ったん?」
突然話しかけられ、環は口ごもった。下手な言い方をすれば自慢に受けとめられてしまう。
「フィギュアスケートだよ。インターハイどころじゃないよ、環はフィギュアの全日本チャンピオンで、高三の時にはオリンピックにも出たんだから」
隣から小夜子が言い切った。
「うっそまじで!? えーと、てゆっか、フィギュスケートって男の人もやるもんなんだ。新体操みたいに女の人しかやらないみたいなイメージあったけど」
環はコップを取り落としそうになった。
「あれ? てゆっか、高三ってことは、去年? 去年ってオリンピックあったっけ?」
環はコップをテーブルに置いて指で額を覆った。小夜子は級友に夏季五輪と冬季五輪の違いについて説明を始めた。
確かに、世間一般の大学受験生にとって二月は最も差し迫った時期だ。
環がトリノに出立する直前、学校で月曜朝礼に付随して応援セレモニーが催されたが教室に戻ってからの級友たちの反応は白けたものだった。
元々環の高校は男子校でスポーツに力を入れてはいたが、スポーツ科はなくあくまで普通科のみの学校だった。その中で、部活でもないのに試合を理由に早退や欠席を繰り返し掃除当番や課題を免れるのは反感を買うことだった。
環もそれは自覚し、できるだけ周囲には親切にするように心がけていた。
だが高三の三月、五輪を終えて帰国し結果報告に高校に赴いた環は、校舎の廊下で級友の一人と鉢合わせした。
級友は険しい顔と声で面と向かって言った。羨ましいよな、あんなチャラいスポーツでオリンピックに行って、大学にまで行けんだからよ。
彼はおそらく受験に失敗したのだということは瞬時に分かった。環は下を向き「ごめん」と呟いた。級友は明らかに戸惑った表情になり、謝られてもしょうがねえよ、と言い捨てて去って行った。
「そっかあ、わかった。小春川くん、失礼なこと言ってごめんね」
「いや、いいよ」
「でも知らなかったなあ、同じクラスにそんな凄い人がいたなんて。なんか不思議に、もの静かなのに存在感?あるなーとは思ってたけど」
「え、そう?」
「でも全日本チャンピオンでオリンピック七位なら、それも当然だよね」
「よっぽど競技人口すくねんだな。オリンピックで七位って、世界中でやってる奴お前入れて七人しかいねえんじゃねえの」
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