第31話 叔父さんは平和に過ごしたい 5

「『痛みを知らない兵』にはその活動に時間的リミットがあったはずだ。

 おそらくここに横たわっている連中はそのリミットを越えたんだろう……。

 ただ……こんなに短時間でリミット来るなんて聞いたことがない」


死ぬには若すぎる者たちの遺体を前に、ジョージはぽつりぽつりと語り出す。


「リミットが……強力な魔力が使えないとかじゃなくて、死なのか? 惨いな」


 ハミルトン叔父は青い顔のまま立っている甥のノルンに心配そうな視線を向けながら、そう言った。


「『痛みを知らない兵』は元々はギフト持ち達への対抗策として生み出された。……何度もやりあったことがある。

 たしか、帝国の政治神官が志願者に長期間の魔術の施術とクスリの服用の組み合わせて作るんじゃなかったかな?

 それでもギルト持ちには敵わないから、実践時には戦闘薬を服用する。ま、毒だがね」


「毒と言うより、あれは呪いです」


 ジョージの語りにエルフの教会騎士団長が言葉を足す。


「連中曰く、『死の対自により逆説的に生に、さらにその深奥の魔力に己が直結するのだ』……ということらしい。よくわからんがね。

 判るのは、解毒薬は戦闘薬を与えた政治神官だけがもっていることは最悪だということさ」


「……与えた刃物が自分に返ってこない保証はないからねぇ」


 ハミルトンはぽつりと呟いた。

 ジョージはくくっと笑い、そして遠くを見た。日が落ちようとしている。


「『痛みを知らない兵』に選ばれるのは、大体が地方自治区の少数派部族なんだ。

 ……帝国はその部族にその地区の支配権を『痛みを知らない兵』の志願者を出す代わりに与える」


 担架を持った衛視達がやってきた。

 遺体を運ぶ馬車が着いたようだ。


「帝国は少数のほうの部族が持つ多数派への恐れ、劣等感、憎悪……などなどを利用するわけよ。そんで汚れ仕事を含めて自分の都合に沿うように……あえて言うなら……調教する。

 上位の地位と圧倒的な力を得ることでで少ない方は心理的に恐怖から逃れるし、ついでに多い方に優越感を持つことができる。

 ……力は麻薬のようなものさ、一度味わったらなかなかそこから抜け出すのは難しい」


 担架をもった衛視達が手際よく、遺体を担架に乗せて運んでいく。

 その姿を目で追いながらギフト持ちの老人は呟く。


「部族とか関係なく個人として『痛みを知らない兵』に志願することは、戦闘に巻き込まれるというデメリットだけじゃない。兵の健康を保持するための家族を含めて医療や福祉を手厚く受けられるというメリットもある。……まったく、帝国の統治システムの狡猾さには昔から舌をまいてるよ」


 隣のハミルトン行政長官はジョージの呟きを聞いて苦笑いをした。

 国を違えても彼もまた統治側の人間のだ。いろいろ思い当たることがあるのだろう。


「そういうこと、どこで聞いたのかねぇ?

 ……だいたい想像はつくが」


「お察しの通り、

 人間は死に際になると色々語り出したくなるんだろ……。それは『痛みを知らない兵』も同じことだ」


 ジョージの呟きに呼応するようにエルフの騎士団長は浄化の魔法を唱えた。精霊が地面をなぞるように飛び回っていた。遺体は全て担架に乗せられてこの知から去ろうとしている。

 輝く精霊のダンスが物悲しい。


「人間はなんで、

 施しを受けたらそれに対してお返しをしなければいけない、なんて思っちゃうのかねぇ。

 ……施しなんていくらでもでっち上げられるのに」


「ギフト持ちのあなたが言うと、なかなか辛辣なことで……」

「別に望んでもらったギフトじゃないしな」


 遺体はすべて運び出された。

 目の前に広がるのは空虚な空間だけ。


 ノルンはハンカチを外そうかと思ったが、まだこのこの辺りに死の気配が漂っているように感じ再び鼻と口をハンカチで覆った。もう浄化しましたから大丈夫ですよ、とエルフに声をかけられてノルンは恐る恐る口と鼻を大気に晒した。


「騎士団長とジョージさん、一緒に教会まで来てくれないか?

 ちょっとこの街の行政長官として相談事がある」


「どういう要件だ?」

「わたしは教会に戻るつもりでしたけど……何か?」


 シスターたちが遺体のあった場所に聖水をまいていた。まるで大地に種をまく農婦のように。


「……地方行政長官の痴話にちょっと付き合ってくれ。

 たく、国レベルの話が出たら、おれぁ何もできねぇぜ……」


 整えられた髪をぐしゃと手でかきあげるハミルトン叔父。


 わたしは平和に過ごしたいんだよねぇ、とハミルトンの独り言は大気に溶けていった。

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