第30話 叔父さんは平和に過ごしたい 4
そろそろ日が傾き始めようとする空にはカラスのよう黒い鳥が数羽旋回していた。
ノルンはその鳥に嫌悪感を持ちながら、ハンカチをもう一度と口と鼻に当てた。
そしてゆっくりを視線を降ろす。
公民館横の日陰になる細いスペースに十ほどの遺体が顔に布をかけられて横たわっていた。
ノルンは顔を再び顔をしかめた。視覚からでも死臭が入ってきそうだ。
死体という物は不可解な物だ。モノでもあったし、人間でもあった。
その不可解さを恐れて、生者は地から埋葬するなり火葬するなりしてかき消そうとするのだろうか。不可解さを消去して確かさの幻を見ようとするのだろうか。
「ゾンビ化は?」
同じく口と鼻にハンカチを当てながら、ハミルトン叔父は隣の教会騎士団団長である女性エルフに質問した。エルフはじっと素顔を晒したまま並べられている遺体を見つめていた。
「教会のシスターが封じています。
いざという時は、わたしが強制的に浄化させます」
数名のシスターが遺体を囲んで、なにやら祈りの言葉を唱えていた。
「それは心強い。
騎士団長……遺体を教会へと運んでもかまわないか?」
ハンカチ越しのこもった声でハミルトン行政長官は隣のエルフに尋ねる。
エルフはこちらを向き、宗教画に出てきそうな慈愛の笑みを浮かべた。
「ハミルトン様、教会はそういう場所です」
「感謝する」
エルフの答えにハミルトンはうなずいた。
「……運んだ後はこの地も清めなければなりませんな」
ノルンと同じく空を見上げハミルトン叔父は呟く。
死を祝福するような黒い鳥はもうどこにもいない。
「遺体の顔を確認したい」
「好奇心ですか?」
「仕事だ」
エルフの騎士団長はシスター達に指示を出す。
ハミルトン叔父はある遺体の側に立った。手は組まれ、顔には白い布がかぶせられている。
側にジョージが立つ。
シスターが布をまくる。
「……若いな。 うちのノルンぐらいか」
「そうさ、死ぬには若すぎる」
「……? 魔法の直撃を受けたわけでは無さそうだが?」
「こいつら、勝手に死んじまったんだよ……」
ジョージは深く嘆息を漏らしながら、遺体に顔を近づけた。
「気絶させて生け捕りにしたかと思うと、
ばたばたばたばたと口から血を吐いて次々と死んじまった。
……苦しみ抜いた顔をなんとかしてやろうとおもったが、
そちら衛視隊長がそのままにしてくれって言ったもんでよう……」
「すまんな、規則なんでな」
ノルンはそんな叔父の姿と、三十年前の都市攻防戦の英雄の姿を見ていた。
彼は死者達を遠くからみるだけだった、ときおりちらりと見える死者の顔に身震いをしていた。
「しっかし、なんでみんな若いんだ?
若気の至りとかいうものでもなさそうだし……」
死者全ての顔をを確認した後、ハミルトン叔父とジョージはもういちどエルフの騎士団長のところに戻ってきた。エルフの騎士団長の周りには清浄な空気が流れていると思ったからだ。事実そうだった。
「こいつら帝国の『痛みを知らない兵』だ」
「……! そんなのが来たのか!?」
ジョージの呟きに叔父はおおきく驚いた。同じくノルンも驚き、おもわずジョージの方をみた。そして事の重大さに気づいたのかどんどん顔が青くなった。
「……知っているのか?」
「当たり前だ。前に話しただろう、わたしは地方の国境を守護する下級貴族の家の出身だ。
帝国に接する以上、その手の話は昔から古参の家臣から聞かされている」
「……子供を怖がらせるのに絶好の話ですしね」
ハミルトン叔父はノルンと同じように青い顔をしていた。
「狙われた側からのひいき目かもしれんが、
こんな他国での任務に若い連中だけでするとは思えん。
……必ず経験のある年長者を入れるはずだ」
ジョージの推測にハミルトン叔父は頷いた。
「となると……経験者が入れない事情でもあったのかな?」
「あるいは、年長者がいなくなったか、だ」
経験者がいればギルド持ちにこんな襲撃はしなかったはずだ、と聞こえるか聞こえない声でジョージは呟いた。
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