第29話 叔父さんは平和に過ごしたい 3

 車窓の少し下に旅行客の頭頂部が見えた。

 ガタゴトいう音と伴いそれらは街並みと共に後ろへと流れていく。

  

 ハミルトン叔父とノルンは馬車に向かい合わせで乗り込んでいた。

 屋敷に停めてあった馬車で、おそらくハミルトン叔父が私有しているものだろう。社内は白と木面を基調とした隙がないデザインは叔父の性格を反映していた。


「おおよそ、帝国内での内紛だろうが、

 それにしちゃ-、間抜けというか素人が一方的にやられている感じがしないでもない……」


 今まで黙っていた叔父がぽつりと呟いた。

 ノルンが反応する。


「帝国の第三第四王女と、その他の……ですか?」

「王家の跡目争いの争いなんて何処でも起きるもんよ、うちの王国も同じ。

 ま、うちの姫さまは最初から一抜けしてるから関係ないが。

 ……我々は栄華と引き換えに平和を手に入れたわけさ。いやぁ不運不運」


 ふふふ、と叔父は皮肉げに嗤う。


「その帝国の王女さんたち、誰かに会おうとしていたのかい?」

「そんな気配はなかったですね。

 強いて言えばリズですか……現在のリズを見てすぐ正体に気づきましたから。よく識っているようです。

 でも、向こうもリズと会うことは予想していなかったみたいですし……結局わからないですね」

「帝国の王女さまだ、それくらいの腹芸はするんではないか?

 ……まぁ確かに、もしも姫様と非公式に会おうとするのならば、

 二人が誰も引き連れないで国境を越えるなんて、ありえないか」

「自分のサインを記憶させたペンを

 何も考えずに売ろうとしていましたから、王命を受けて他国の王族に会う……とかいう話じゃないいかと。

 どちらかと言うと、帝国王族の生活が嫌になって逃げ出した……のほうが筋は通ります」


 ノルンの推測に、叔父は今にでも口笛を吹きそうな感じでニヤリと笑った。


「ほほう」


 その笑みのまま、叔父は車窓から外を見た。



「そういう話なら、うちの姫様と馬が合うかもしれないねぇ……」



 ◆◆◆


 しばらくして馬車は襲撃を受けた公民館の前についた。

 すでに衛視隊と教会騎士団、シスターの姿がそこに見える。


「考えたんだが」


 御者が馬車のドアを開ける準備を始めたとき、叔父はノルンの小声で話しかけた。


「密告やら賊にやられた帝国王宮の連中、ありゃ荒事とか潜入とは縁の無い連中だな。

 おそらく帝国の姫様を追いかけてきた王宮関係者だろう。諜報員のような身分を偽る訓練を受けた感じがまったくしない」


 外の御者はドアの取手に手をかけた。


「むしろ警戒しないといけないのは攻撃した側かな?……蟻一匹殺すのに爆弾をぶっ放すのようなことしやがる。頭がイカレタ連中の相手はしたくないねぇ……」


 ドアが開き、二人は連れだって下に置かれた足台を伝って降り立った。

 衛視長らしき人物が敬礼して迎える。叔父はそれを会釈で応えた。



「行政長官殿、わざわざお足を運びいただきありがとうございます」


 そこに柔らかな笑顔を浮かべた美しきエルフの女性がいた。

 その隣にはハゲ頭の老人がいた。ジョージである。 


「これは教会騎士団長殿、相変わらずお美しい」


 叔父は笑み浮かべそう言ってエルフの女性と握手をした。

 もうおばあちゃんですよ、とエルフは返す。


「ジョージさんも相変わらず元気のようで。

 今日は夏祭りの打ち合わせかな?」


 行政長官はジョージとも握手をする。


「まぁ、そんな所だ。

 そちらは?」


 ひょいとノルンのほうに視線をむけてジョージは尋ねる。


「わたしの甥だ。

 この街で学生をしている」


「そうか、

 この街に魔物を来たときによく魔道具を撃っている姿を見るが……

 良い魔導具を作っているな」


 ジョージはノルンにも握手を求めた。


「あ、ありがとうございます」


 ノルンは思わず笑みを浮かべて力強くぶんぶんと握手をした。



「案内するぞ」


 一通りの握手が終わったあとで、エルフの騎士団長とジョージは二人に背を向けて歩きだした。

 そうだ、と呟きジョージは思い出したかのように一言付け加えた。



「……襲撃者の死体を並べているから、

 ちょっと覚悟をしておいてくれ」



 それを聞いてノルンの顔は青くなった。

 叔父は彼の肩をポンと叩いた。

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