第16話 朱色の雨 3
王宮の医務室のベットに女官文官は横たわっていた。
「人払いをしておいたわ」
「うむ」
侍従長とその妻は女官が横たわるベットを囲んだ。
二人はベット側に並べた椅子に座る。
「落ち着いたようだな、
これは……身辺調査の報告書か?」
「……はい」
侍従長は女官が携えていた封筒を手に取った。
ひしゃげたトイレットペーパーはベットの下に置いてある。
「軍の情報部に調査依頼とは……大丈夫か?」
「情報部の上層は王子支持者が多いですが……現場には色々複雑なんです。
依頼は昔、同じ教官の指導を受けた同期生に直接出してます。
彼女は信用できます」
ベットに横たわったまま女性文官は答える。
「……そういえばナミンガ殿は情報部から王宮への転籍者か」
「帝国軍の奨学金で大学行ってたので……どうしても軍に入らなくてはいけなくて。
実家がとても帝都での学費を出せるような家じゃなかったので……」
マリーナは天井を見上げたままだ。
「これは、マリーナ殿の部下の調査結果ではないか」
封筒の中から書類を取り出し、一瞥する侍従長。
「……はい」
「彼が漏洩者かね?」
「……はい」
「何故調べようと……?
以前から疑いを?」
「違うんです。
……彼はわたしの彼氏です」
「ああ、そうか……」
侍従長とその妻である老婦人は顔を見合わせる。
「そろそろ結婚も考えていたんです。
王宮の仕事なら結婚しても続けられるし」
「うむ……で、相手はどんな感じか?」
「なんかあんまりはっきりしなくて……」
「ん? ううん?
そうか……」
侍従長とその妻である老婦人は顔を見合わせる。雲行きが怪しくなった。
彼はその先は代わりに聞いてくれ、と目で訴えたが、妻は首をふって拒否した。
「タイミングが悪いのかなー、とか
あと一押しが必要なのかな-、とか
自分は本気で結婚を意識してるって伝えなきゃいけないのかなー、とか
部屋に結婚雑誌を埋まるぐらいに置いた方がよいかなー、とか
いろいろと考えていたんですよね」
「うん、まぁ……考えるのは良いことだな」
「あなた。適当な相づちを打つのは失礼ですよ」
じゃどういう相づちを打てばよいのか? と侍従長は目で妻を訴えるが、ぷいと横に向かれて外された。
「こんなこと言ってますけど、彼はいい人なんですよ。
急な用事で会えなかった時でも、
次の時にはすごく……自分が遠慮してしまうぐらい優しくしてくれますし……」
「……ぬう、いやそれは」
「マリーナさん、……いっちゃ悪いけど、
それ浮気した男のあるあるパターンよ……この人もよくやってたわ」
妻に指をさされた侍従長は咳き込んだ。
「浮気……あはははは、浮気。
そうですねー、わたし浮気されちゃったんですよー!
あれー? ひょっとしてわたしが浮気先なのかなー!
あははははははは。
あいつはヤリたいだけのお猿さんだったのかなー!
早いくせに何回も何回もやりやがってー!」
ベットに横たわった女性文官は妙なハイテンションになっていた。
目は天井を向いたままだ。ちょっと怖い。
「無意識で感づいていたのかなー!
なんで昔の同期に、身上調査を依頼しちゃったのかなー、わたし。
結婚するんだしちゃんとしなきゃ-、とかなんで思っちゃったのかなー」
「マリーナ殿、落ち着かれよ」
侍従長は思わず立ち上がった。
「テンションを上げないと
しおれてしまいそうで……」
今度は女官がしくしく泣き出した。
そうか、と言って侍従長は座ったが居心地が悪そうだ。
「部下が気を許した彼氏だったから
色々機密のこと話しちゃったのね……」
侍従長の妻である老婦人は、調査報告書をぺらぺらをめくって眺めていた。
「すみません……、もう、どうお詫びしてよいか……」
今度はわんわんと女官は泣き出した。
侍従長はどうしたら良いかわからず視線で妻に助けを求めるが、妻は調査報告書を眺めたままだ。
こういう時が気が済むまで泣かせたほうがいいのよ、とその横顔は言っているようだ。
「浮気相手は……と、
あら、この娘、リリアンちゃんが入る前に
エレナちゃんとアンナちゃんの担当していたメイドの娘じゃないの、
それに……」
すでに報告書の内容を把握している侍従長は腕を組みこれからのことを思案した。
女官への対応は諦めたようだ。
「……第二王子、ね。
王宮女官、メイド、王子……この男、本当に節操がないというか……穴があればなんでもいいというか……」
呆れた表情で、老婦人はベットに横たわる女官の方を見た。
「やっぱりー! 若いコの方がいいのかぁぁぁぁぁー!?
男ってみんーな! そーなのかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁー!?
ばっきゃろぉぉぉぉぉぉぉー!」
医務室に女官の絶叫が響く。
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