第15話 朱色の雨 2

 ヴァルガンド連合帝国王宮のとある会議室のシャンデリアは輝いていた。

 その下の大きな長方形のテーブルには、侍従長を始め、白髪交じりの老境にさしかかった男女が囲んでいる。

 テーブルの真ん中にはルルラリア王国全体と、旧王都の地図か広げられていた。


 そこにドンドンドンと激しく扉をノックする音がに鳴り響く。テーブルの何人かの老男女が傍らの剣に手をかけた。緊張がはしる。


「よい、入れ」


 同じように傍らの剣に手をかけていた侍従長は、手を元の位置に戻して返した。ほっと息を吐き出して、テーブルの面々も緊張が解く。


 扉が開く。


「……殺してください」


 そこに現れたのは顔を真っ青にした女官だった。片帆の手には大型封筒が、片方の手にはトイレットペーパーが握られていた。


 トイレットペーパー……?


 テーブルの面々には疑問が走った。

 思わず呪いの反応がないか手元の小型水晶の様子を確かめる老婦人。


「ゾンビではない……、呪いのたぐいの反応もない……何故じゃ?」


「生きてます……」


 今にも倒れそうな女官、マリーナ・ナミンガは身体を引きずるように侍従長に近づいていく。

 侍従長はその様子に一瞬身構えたが、すぐに力を抜いた。その姿を見て、刺激臭をする親を片手に老婦人が微笑む。

 

「どうした?」


「侍従長……

 現在、ダイクンギア家のリリアン様がリリアリア王国旧王都にて連絡がとれなくなっていることはご存じかと思います」


「……そうだな。

 それよりも体調がすぐれないようだが……大丈夫か?」


 女官はその侍従長の気遣いに慌てて、姿勢を正した。口が震えたままだ。

 ちょっとトイレットペーパーが変形した。


「結論から申し上げます。

 わたしは彼女が、任務中に第二王子の手の者により……何らかの妨害を受けたと考えますす。最悪のことも考慮されたほうがよいかと思います」


 女官のその報告に侍従長はじめ、テーブルを囲む老人達に緊張が走る。

 

「根拠は?」


「リリアン様のミッションの内容が第二王子側に漏洩した可能性を示す事柄が確認できました」


 侍従長の顔が険しくなる。

 老人達はそれぞれに天を仰いだり、苦虫をかみつぶしたような顔をする。

 もう一度、民間、軍以外の……例えば個人所有、外国籍の竜便の動きを調べななりませんな……と一人の老人が呟く。王子側に漏れることはこと承知での調査になりますな……横でと命令書を書き進める老人がいる。


「……どこから漏れた?」


 何時もより一段と声に険しさが増す侍従長の声。

 黒旗隊の隊長時代を思い出させる声に、ある老人は震え上がった。



「わたしです……」


 そこで女官はふっと糸が切れたように倒れそうになる。


「!……」


 同時に会議室に風邪が吹き抜けた。テーブル上の書類が舞い上がる。

 見ると、今までテーブルで刺激臭のする飲み物を飲んでいた老婦人がマリーナの身体を支えていた。



「王宮では魔法使用は禁止だぞ」


 立ち上がりかけた侍従長はもう一度椅子に腰を下ろす、


「……あなた、こういう状況で杓子定規なこと言ってどうするの?

 今は妻を褒めるところでは無くて?」


 老婦人はジト目で自分の夫――侍従長を見上げていた。

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